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日曜日は箱根へ
昨日は我が家恒例の箱根ドライブへ。
八王子インターから中央高速に乗り、圏央道、東名経由で御殿場から乙女峠を抜けて箱根に入るというルート。八王子インター周辺が妙に空いてて、何かあったのかなあ?と思う。

圏央道からは、今年3月に出来た新東名で伊勢原まで行こうと思っていたのだが、海老名ジャンクションの看板が超不親切なうえに、東名と圏央道の分岐が1車線ずつしか無くて、気が付いたら旧東名に行く道に入ってしまった。ここは渋滞するうえに表示が不親切で、折角の新しい道路なのに、何でこんな使いづらい設計にしたのかと不満たらたらである。

途中、前を行く枯葉マークのお爺さんが、サービスエリアと間違えて高速バスのバス停に入ってしまう。そのままスルーで出てきて、次のパーキングエリアに吸い込まれていったが、危ないねえ。気を付けないとねえ。まさか高速バスのレーンに入っちゃうなんてねえ。老人はヤバいねえなどと言っていたのだが、後で痛いしっぺ返しを食うことになるとは思いもしなかった。

東名高速も、特に渋滞は無く順調に御殿場まで着いたが出口で大渋滞。アウトレットモール行きの人たちだろうか?あと、老人バイク軍団が山のようにいる。旧車軍団とか、ポルシェ軍団なんかもいて、天気が良いのでそういう虫が湧いてきた感じがする。虫扱いは失礼かw
でも最近のスポーツカーとかって昆虫っぽいよね。

乙女峠の、いつものお蕎麦屋さんで早めの昼食。





まずは恒例のポーラ美術館へ。ひろしま美術館とのコラボで印象派展。結構混んでいた。年代問わずカップルが多かったが、美大生っぽい女子も結構いた印象。一組、若い男の子ペアが居たのだが、片方が「きのう何食べた?」のジルベールそっくりで、ゲイカップルかもしれないと思ってしまったw

展示は半分くらい見た事のある絵だったが、藤田嗣治の新所有っぽい連作があって眼福。お金持ってるよなあ、ここ。

著作権対象になるもの以外、撮影可であったが、カメラを持っていかなかったし、スマホで撮るのも無粋なので写真は撮っていない。絵画の撮影は難しいんだよね。最近は撮影可の美術展が多くなってきた。スマホで撮ってSNSに流してもらい、集客しようという魂胆であろう。でも、鑑賞そっちのけで写真撮ってるオバサンとか居てね。折角実物があるんだから、生でじっくり見たほうが良いと思うんだけれども。

続いてラリック美術館へ行く。お目当てはサラ・ベルナール展。写真や衣装、装飾品の展示があったが、ショップ併設のオープンスペースで、あんまり特別展っぽい感じがしない。ちょっと安っぽい印象になってしまったのが残念。



折角1階に「サロン・ド・サラ」というスペースを作ってあるんだから、ここを有効活用して欲しかったところ。

3時のお茶にケーキセット。
企画展スイーツ いちごのサラ・ベルナール LYSスタイルというのを頂く。
苺とパイナップルアイス、オレンジキュラソー風味のムースの派手なデザートでした。



もうひとつはガトーショコラとアイスクリームのセット。こちらも美味。



ここにはオリエント急行のサロンカーが置いてあって、時間が合えば中を見学しつつお茶が飲める。
Nゲージのプルマンも売っている。買わないけど。



この中は以前入った事があるのでパス。入口から写真だけ撮らせて貰う。



帰りも順調。今度こそ新東名で行こうと思ったのだが、伊勢原ジャンクションで、前の2台が急に左折、あれっ?ここが入口?かと思って左折したら高速バスのバス停であった(笑)
行きのお爺さんを笑えないではないか(笑)
だって前2台が自信満々で曲がるんだもの。あそこは着いていくよねえ(苦笑)

今度は正しく新東名へ。道は快適だったが横風が強かった。しかし、横浜方面への渋滞を避けられるので、これは有難いかもしれない。

その後も特に問題なく順調に八王子まで。スーパーに寄って買い物をして帰宅。

夜のニュースで、箱根山の噴火レベル2のニュースを聴く。そういえば、大涌谷方面への交通規制の看板が出ていたような気もしたが、特に問題なく観光地は穏やかでした。

鉄腕DASHを見てから、濱ちゃんの完封勝利をヒヤヒヤしながら見つつ乾杯。





| 【旅】 | 09:53 | comments(2)
ボヘミアンラプソディ

随分遅くなってしまったが、漸く映画「ボヘミアンラプソディ」をDVDで鑑賞。

内容については幾つか疑問が残るものの、おおむねこの手の映画って、まあこんなものかなと思った。しかし、フレディは亡くなっているけど、あとの3人は健在だし、周囲の人物たちもまだ生きている人が多いだろうに、今、この映画を作る必要があったのかな?というのをちょっと考えてしまった。

伝記映画ならば、史実に正確に作る必要があり、証拠が残っていない部分についてのみ想像で補って作られるのが普通なのであるが、この映画は、そういう意味では伝記映画ではない。何故なら、史実とは違う脚本が随所に散りばめられているからだ。

それをとやかく言うつもりはないのだが、これを以ってクイーンの歴史だと思われてしまっては堪らない。私はヘヴィーなクイーンファンではなく、どちらかと言えばクイーンは苦手な部類なのだけれども、同時代を生きてきた人間として、やっぱりちゃんと書くべきところはちゃんと書いて欲しいなと思ってしまった。

深読みではあるけれども、そこが書けないというのは、世に出すには少し早すぎたからではないかなあ?と思う。存命人物がたくさんいて、真実を描くには色々障害があるとか、どうもそんな気がしてならない。

些末な事項については、映画だからこそドラマチックに脚色するのはアリだと思うけれども、私のようなあまりクイーンが好きではない人間でも、当時の音楽界の事情をそれなりに見てきた人間(多分、私の同世代なら殆どが同じ印象を持つだろうが)としては、納得できない脚本や演出が幾つかあり、そこが妙に鼻についてしまった。

特に後半の、ライブエイド出演のくだりには違和感がありまくりで、そうじゃねえだろうとツッコミを入れざるを得なかった。ここはね、バンドエイド不出演から、南アフリカでの演奏問題、リオでの大ブーイングから解散報道までの流れをきっちりと表現して欲しかったなあと思う。出演についても、ボブ・ゲルドフからの熱烈なオファーがあったことは、当時の音楽ニュースなどでも伝わってきている。もう、クイーンは解散寸前だったのだ。だからこそのライブエイドでの完全復活が感動的なのだ。

だが、この映画を見ると、バンドエイドっていうチャリティーコンサートが存在しなかったかのように思えてしまう。ライブエイドはバンドエイドの二番煎じだったのだ。そこが理解できていると随分印象が変わってしまうだろう。だから、映画的にはバンドエイドは無かったことにせざるを得なかったのだ。まあね、色々ありそうだよね。CBS引き抜き問題をちゃんと書いたのは評価するけれども、それ以外がグダグダなので、伝記映画としては全く評価出来ない。

この映画では、80年代になって、「ザ・ゲーム」のリリース以降、フレディは他の3人と袂を分かち、ソロアルバム作りに専念していたかのような印象を持ってしまう。実際にはそんな事はなく、アルバム「フラッシュゴードン」「ホットスペース」「ザ・ワークス」を作っていたし、ソロの話にしても、そもそも最初にソロアルバムを出したのはロジャーだし、ブライアンも日本の特撮人形劇「Xボンバー」のイメージアルバム、スターフリートプロジェクトなんかをやっていた。ジョンでさえ、スコット・ゴーハムらとつるんで別名義で音楽をやっていたくらいだ。

だからフレディがソロプロジェクトを始めたからと言って非難されるようなものではなく、むしろフレディが一番最後にソロ活動を始めている印象のほうが強い。そのあたりの脚色のしかたも意図的で、史実とはかなり異なる部分ではないかと思っている。

だからこれは、フレディ・マーキュリーという人の人生を参考にして描いたフィクションなのだ。彼の生き方の葛藤に合わせて、クイーンの曲の数々が印象的に挿入されている。彼の歌う歌詞が、皮肉にも今の彼の状況を表現していたりする。逆に言えば、歌詞のイメージに合わせて脚本のほうを変えたのではないかと思える節が多々あるのだ。そういう部分を楽しむ映画なのだね。

ライブエイド直線にエイズをカミングアウトしているというのも史実とは違うようだ。フレディのエイズ説は、90年前後にとても痩せてしまったあたりから流布されていたように思う。だから、他のメンバーも薄々気づいていたらしいが、その事実を本人から告知されたのは死の直前だったそうだ。でも、映画的にはライブエイド直前に告白されるほうが盛り上がるよね。そういう脚色があちこちに散りばめられている。伝記映画ではないのだから、それはそれでいい。でも、ちょっと考えてしまう。

ミュージカルではないけれども、史実をベースとしたミュージカルっぽい映画だと思ってみれば、この映画は文句なしの超娯楽大作だ。だから、ゲイの問題とか、バンドの成功、失敗劇などが実に軽く扱われている。映画の中に、そういう問題に関する「タメ」や「メリハリ」が妙に少ないのだ。

映画を見ている途中で、そのあたりに気が付いてモヤモヤしていたら、最後に一気に来た。ライブエイドでの演奏シーン。これ、ホンモノがYoutubeとかに上がっているので見比べて頂ければわかるが、再現度が半端ない。要は、このシーンを作りたいがために、この映画を作ったと言っても過言ではない。

そんなわけで、これは最後の20分間を楽しむための映画だと思う。それまでは全部前振りだ。そう思ったら、全部納得できた。まあ、そういう映画です。

ちなみに、僕らジャスト・クイーン世代の男子にとって、クイーンファンであることを公言するというのは、ゲイだとカミングアウトするくらいに勇気のいる行為であったと書いておこう。男なのにクイーンファンっていうのは、嘲笑の対象でしか無かった。それだけクイーンっていうのは日本では女子のものだったんだね。全部ミュージックライフの責任だけれども。

だから、ジャスト世代の私にとっては、クイーンは常にリアルタイムのコミックバンドであった。

「♪テヲ、トリアアテ、ソノマーマ、イコー」

どんどんちゃっ、どんどんちゃっ。

自転車(笑)

フラッシュゴードン(笑)

ってな感じである。どーもすいません。


 

| 【映画・テレビ】 | 12:34 | comments(5)
令和元年
というわけで、平成から令和になりました。

我が家では、GWを狙って、しばらく出来ていなかったフローリングのワックスがけを敢行中。ワックスは塗るより剥がすのが大変なんですね。もう汚せないなあ(苦笑)

GWは一応10連休なわけですが、月曜日に模型市に行っただけで(正確には、行かずに飲み会だけ参加w)、あとはフローリング掃除に明け暮れています。どこ行っても混んでるだけですしね。休むならGWを外して1日お休みを貰って、というのが我が家の行楽パターンなのですが、今年は諸般の事情で先送りとなりそうなので、横目で野球を見つつ、掃除の毎日です。

それと、あるお誘いを受けまして、ちょっとアートワーク的なお仕事もしています。

まだ詳しくは話せませんが、なかなか面白い仕事です。アイデアを出して貰って、私がまとめて加工して、幾つかサンプルを出して、またあれこれ考えて貰うという内容。こういうクリエイティブな仕事は大好きなので、よいGW中のトレーニングになっています。

遊び呆けると、仕事復帰が辛いのでねえ。多少は頭を使う仕事をしていたほうが良い感じ。

そんなわけで、模型とか写真はちょっとお休み中。私は、ある程度パワーの蓄積期間を置かないと、何事も長続きしないのです。長続きさせるためには適度なお休みが必要って事ですね。

その他、ゲームを少々やっています。艦これ以外に2つ。その話は、またいずれ。


 
| 【TEXTSTYLE】 | 22:13 | comments(0)
平成最後の日
というわけで、今日で平成が終わります。

31年前、妹のスキー練習に付き合って、湯沢のスキー場で昭和天皇の崩御を聞きました。あの時は何でもかんでも自粛モードでしたね。

丁度転職活動中で、決まったのがその年の7月。8月に入社して以来30年、某社で働いて来ましたが、昨年色々あって再度転職。平成時代を某社で過ごした感じです。

その間に結婚したり21世紀になったり何度か引っ越しもしたし、それなりに激動の平成だったと思います。

平成から始まったバブル時代はあっという間に弾け、以後延々と不況が続いているような時代でしたが、令和になって少し上向きになると良いですね。

仕事のほうは、いよいよ定年まで秒読み。令和は老後という事になります。静かに暮らせると良いなと思っています。



| 【TEXTSTYLE】 | 18:35 | comments(0)
艦これ日記(184)苦節1年3ヶ月。
年度末の忙しさにかまけて、艦これも随分サボっちゃいました。

その間に2回ほどアップデートが来て、戦艦陸奥と航空戦艦日向が改二になりました。



陸奥改二は長門改二と同じく、旗艦にして斜め陣を使うと主砲一斉射の特殊効果があります。
これを使った任務が3つ出来ましたので、これをクリアしていこうと思ったのですが、ここのところ仕事が忙しくて、あんまりちゃんとプレイ出来ていません。

特に5−5が鬼門ですなあ、と思ったら、すぐに日向改二が来て、こっちの任務にも5−5がある。
日向改二には、新しく瑞雲立体攻撃という何だか良く分からない戦法が実装されました。これ、弾着観測と何が違うんだ?



5−5は、2期からボスマスが凶悪になってしまって、なかなかクリア出来ません。
まずはゲージ破壊が先なんですが、支援艦隊を出さないとダメだし、道中大破も結構あります。
ひと月かけて、のんびり攻略だなと思っていたら3月が終わってしまいました。むーん。

4月になって捲土重来。まき直しです。

5−5海域は、まずゲージ破壊が先決と思い、大和型2隻、五航戦、航巡2隻の重量級編成で臨みました。ゲージ破壊が目的なので、潜水艦は無視します。航巡には水戦と零観を積み、潜水艦マスは敗北で抜けます。ボスもA勝利で充分。夜戦持ち込みでボス残しが多いので、五航戦は夜戦仕様。黒サラトガが居れば積極的に採用したいところです。同じ夜戦仕様でも、グラーフは、まあ、ね。

それでも、南方ババア+ダブルレ級の編成には中々勝てませんね。

毎朝、演習を上手く活用して、攻略編成と支援編成にキラ付けを行い、1回出撃。中大破した艦をドックに入れ、第二艦隊以降を遠征に出して終わり、というルーチンワークを続けました。

やっと何とかクリアして、ヘリコプターS-51Jをゲット。え?戦後製のヘリじゃんこれ。遂に戦後ものまで実装ですか。しかも対潜哨戒機じゃないし。



などと、些末な事を気にしていたら、さらにアップデートがありました。
今度は金剛改二丙実装!! 雷装が付くIF改装になります。

金剛型は改二の絵が今ひとつ好みでは無かった(特に金剛改二の中破絵とか比叡改二とか)なので、この再改造はとても嬉しい。改造のアニメーションも一新されて新しくなりました。そして素晴らしい改二丙デスネー。



と、喜んでいたら、さらに追加で大盤振る舞いが!!!

***

昨年2月。

ちょっと戦果が良かったので、ランク入りを目指そうと、Z作戦を遂行していたときのこと。

6-3グアノ環礁沖海域 Eマス。

二式水戦熟練を2機積んだコマちゃんを入れた編成で攻略中。

うっかりと、裏で別の作業をしてしまった。

何の気なしに進撃。Fマス攻撃開始。

あっ、と思った時にはもう遅かった。

コマちゃんの無残な大破姿が一瞬見えたかと思ったら、轟沈の画面が・・・

目が点になり、頭が真っ白になりました。

一昨年は最悪の年で、アルフォンシーノで牧場中の蒼龍、2隻目を育成中の天城、朝雲を立て続けにロスト。幸いにも2隻目だったので、被害は最小限にとどまりましたが、それにしても3隻も轟沈させてしまうとは、迂闊にもほどがありました。

それまで4年間やってきて、轟沈させたのは手順が良く分からなかった初期に陽炎と若葉をロストさせた程度でした。
その後、全く轟沈とは無縁だったのですが、一昨年の夏から急激に3隻をロスト。大反省して昨年からは注意しながらプレイしていたのですが、慢心しましたね。

しかも、今回は1隻しか保持していないコマちゃんです。その絶望感たるや。

もう、艦これ辞めようかなと思いました。少しダレていましたしね。

それでも何とか続けていたのは、ある意味惰性のようなものでした。既にデイリー任務は毎日の日課になっています。やらないと何となく落ち着かない。

ロストさせたコマちゃんは、海外艦なうえにレア艦なので、イベントじゃないとゲットできません。しかも、海外艦ドロップは概ね夏イベントと相場が決まっています。

18年夏は、HTML5への移行などがあり、「抜錨!連合艦隊、西へ!」というタイトルの初秋イベントが実施されました。この、最終海域でコマちゃんのドロップが報告されたので、乙作戦でクリアし、周回数を増やしてゴトランドとコマちゃんのダブルゲットを欲張ったのが運のツキ。

ゴトランドは無事にゲット出来ましたが、コマンダンテストは遂に300周してもゲットできませんでした。過去最高の周回数は、ローマ62周、瑞穂60周、伊13が59周だったのですが、それを遥かに超えてしかも出ないという惨状。

ああ、轟沈のツケはこんなところまで響くのか。しかも久々に資源を枯渇させるという有様。
次は一年後の夏イベまで入手機会は無いだろうなあと落胆していたのです。

二期になり、バシー海峡などで水母のニーズが高まり、以前、あんまり活躍しないかもとか思っていたコマちゃんの活躍の場が結構出てきました。
前回のイベントでも、最終海域で活躍するなど、結構苦い思いをしながら見ていたのですが。

今回の、6周年記念の大盤振る舞いで、期間限定ながら通常海域でドロップが可能となりました!!

このチャンスは逃せません!

先行勢の情報によれば、3−1モーレイ海と、4−3リランカのボスでドロップするようです。

そこで、2種類の捜索隊を構成。

3−1用には、

戦艦、重巡、雷巡、駆逐2、正規空母 という編成を組みます。

4−3用は、

戦艦2、装甲空母、阿武隈改二、駆逐2 という編成にしました。

これで周回開始。さすがにリランカは途中大破撤退が多いです。念のためキラづけ。ウィークリーの東方任務を兼ねます。モーレイ海は北方任務対象外ですが、被弾が少ないので定量的な周回が見込めます。

デイリー任務や、今回実装された新任務などを並行して実施しつつ、モーレイ海11周目。

出ましたー!!!1年3ヶ月ぶりの再会!!!



もう撃沈させないようにします。

もうちょっと回って2隻目も確保しておきたいです。合わせて新任務もクリアしていきます。




| 【艦隊これくしょん】 | 12:57 | comments(0)
新元号
5月1日からの新元号が令和になることが決まった。

1日は肯定否定混ぜて大騒ぎだったが、一週間もすれば誰も口にしなくなっている。飽きるの早いね。
で、落ち着いてきたので自分の思いを書いてみたいと思う。

正直、最初に令和という発表を聴いたときには、「和」の字使うの?という違和感がまず最初の印象であった。昭和のイメージが強すぎるので、まさか1代置いて再び和の字を使うとは思わなかった。

過去の事例から鑑みて、「今まで使われていない字」+「よく使われる字」という選択肢になる可能性が非常に高かったわけだが、そこは見事にその通りになった。「令」が元号未使用で、「和」は良く使われる文字だ。

令和のネタは万葉集の一節と言われている。

梅花の歌三十二首の序文、

「于時 初春令月 気淑風和 梅披鏡前之粉 蘭薫珮後香」

であるという。

これが、文選にある張衡の帰田賦の一節、

「於是 於是仲春令月 時和氣清 原湿郁茂、百草滋栄」

と類似している点も指摘された。どう見ても本歌取りであり、万葉集から取ったのは間違いないとしても、その節自体は中国の漢籍由来というわけだ。

ま、そんなことはどうでもいい。

意外だったのは、おおむね好評に受け入れられている点で、もう少し批判的な意見があっても良いかなと思っていたのだが、アベ嫌いな人達の理不尽なイチャモン以外、否定的な意見が見られなかった。私なんかは「昭和」と似ているという部分がとても不満なのだが、むしろそれが良いという意見もあったりして、日本人の「変化を好まない体質」ってのが良く表れているような気がした。

「れいわ」という語感から老人が連想するのは、デレク&某のアレで、私もそれをtwitterにアップしたりしたが、あまりにも同じ感想を持った老害が多いので早々に削除した(苦笑)クッソー、そこらへんのジジイと同じ発想しか出来ないなんて、なんたる不覚(笑)

印象的だったのは、普段、苦虫を噛み潰したような顔しかしない菅官房長官が、柔和な顔つきで「令和」の文字を披露していたことで、やっぱり一世一代の晴れ舞台なんだなあとか思ったもんだった。アベ嫌いな人々は、それすら嫌悪したみたいだけど、日本国民なんだからそういう時は思想の左右を捨てて祝いましょうよ。

前回の平成が、崩御後の発表だったので、世の中自粛ムードが跋扈し、ウチも何か自粛しなくちゃ!みたいな変な流行になって辟易としたものだったが、今回は生前譲位という事もあって、半ばお祭りムード。twitterでは菅官房長官ネタの大喜利なんかもあったりして、賑やかな雰囲気だったのはとても良いと思った。

今の陛下が即位したとき、物凄く物足りなさを感じて、果たしてどんな陛下になるんだろうかと訝しんだものであったが、平成30年の世のなかで、今上は色々と学ばれ、昭和天皇には無かった親近感と優しさを持った陛下として、たいへん良い在位を全うされたと思う。

次期の現皇太子に対しても、現状では不満が多く、雅子様、愛子様のためにも早めに次世代に譲位されたほうが良いのではないかと思ったりする。さもなくば秋篠宮の変とかそういうのを期待しちゃうのは些か不謹慎ではあるが、まあね。

令和以外の5つの案も、何故か公表されてしまったが、あの中では令和が一番良いと思った。むしろ令和を推したいがための駄案を並べたんじゃないかとさえ思ってしまう。「久化」や「万保」には古臭い感じしか無い。

令和の意味は、Beautiful Harmony(美しい調和)で統一されたようだが、これは良い英訳。

一方で、令和の令は命令の令みたいな悪口を言う輩が居たが、日本語ってのは文字を組み合わせて意味を成すのであって、その中の一語をみて違う意味を推量するのは、日本語を全く理解していないとしか言えない。さらに言えば、熟語には複数の意味があるので、その中のひとつだけを取って悪口を言うのは悪意以外の何ものも感じない。まあ、悪意なんだろうけどさ。何でそういう考え方になるかね。思想の左右に関係なく、そういう思考は嫌いだよ。

ともあれ、5月から令和元年になる。
良い年にしたいものだ。


| 【TEXTSTYLE】 | 13:34 | comments(0)
イチローとわたくし
転職して初めての年度末は、以前以上の忙しさです。ブログどころの話ではありません。それでも流石に土日は休めるのですが、とにかく気力が無い。模型も全く出来ないし、写真撮りに行く気にもならない。年を取るというのは、こういう事なんですなあ。
やりたい事は若いうちにやっとけよ、というありきたりの話ですが、実際に年取ってみないと実感がわかないですね。

そんな中、突然イチロー引退のニュースが入って来ました。今季は古巣マリナーズに復帰したとはいえ、オープン戦でも全く結果が出ず、さすがに終わりかなと思っていたので、驚きはしませんでしたが、そうか、日本で開幕を迎えられるから、そこまでの契約だったんですね。

つまりマリナーズ復帰っていう時点で、完全な引退興行なわけです。そういう所がアメリカらしい。

引退試合を横目で眺めていましたが、最後に帽子を取ったときに白髪頭が出てきて、あー、イチローも年食ったなあと感じたのが印象的でした。

イチローといえば、90年代後半、私が野球カードを集め始めた時のヒーローだったわけです。初めてコンプリートしたBBM96ダイヤモンドヒーローズのイチローインサートカードは、当時の価格で相場7000円くらいだったと記憶しています。イチローと松井が揃って7000円で最高値。佐々木とか清原が次点で5000円くらい。人気の無い選手の最低価格が2000円くらいでした。こんなところにもヒエラルキーが存在して、なんかすごい世界だなあと思ったもんです。
当時ダイエーにいた下柳が、俺のカードが50円で、あいつのカードが90円なのが気に入らんという発言が妙に可笑しかったのを覚えています。あのレートは自然発生的なものではなく、BBM社が一部のカードショップとつるんで決めていたものなので、妙な偏りがあって、あまり好きではありませんでした。俺ら大洋者にとっては、佐々木のカードの値段がイチロー以下なのは納得できないわけです(笑)

しかし、あの当時、野球カードと言えば松井秀喜とイチローだったのです。だから、交換も、松井対イチローのトレード以外は殆ど実現してないんじゃないでしょうか。

私は大洋ファンなので、イチローも松井もトレード要員でしかないのですが、最初のうちはフルコンプしたくて一生懸命集めたものです。91年から始まるBBMのプロ野球カードは97年までコンプリートし、97年に激レアで登場した松井のジャージカード、98年版の佐々木のジャージカードがともに入手できなくて辞めました。

当時のイチローはオリックスの選手だったので、全く興味なかったですね。凄い人だというのは分っていましたが、巨人の次くらいに嫌いな球団(苦笑)の選手だったので、どうでも良かったです。

イチローすげえな、と思うようになったのは、だからメジャーに行ってからですね。そういう意味ではそこらへんの素人野球ファンと同レベルなのでした。

シアトル・マリナーズは日本人受け入れチームみたいな感じで、マック鈴木を筆頭に、佐々木主浩、イチロー、長谷川滋利、木田優夫、城島健司、岩隈久志、川崎宗則、青木宣親、そして今年の菊池雄星と10人の日本人を在籍させています。

それゆえ、イチローが入ったときには、何だ、佐々木繋がりかよとか思ったのは正直なところ。しかもマリナーズの51番と言えばランディ・ジョンソンのイメージがあり、ランディの功績を台無しにするんじゃないかとか危惧したもんでした。

1年目の大活躍で見直す事になるわけですが、本当に見る目が無いよね俺って感じです。まあ、それほど興味がない選手だったから。

その後の活躍は言うまでもないんですが、どうにもこの人は好きになれません。本人も引退会見で言ってましたが人望がない。自分の懐に他人の介入を許さない雰囲気がありますね。

しかし、日本人初の野手メジャーリーガーとして、次々と記録を塗り替え、日本プロ野球界の地位向上に充分すぎる貢献をした選手として、いつまでも記憶に残るでしょう。

お疲れ様でした。





| 【TEXTSTYLE】 | 07:57 | comments(0)
長崎&嬉野の旅(3)
2月24日(日)

最終日です。
翌日は仕事ですし、年も年なので、最終日は観光せずに真っすぐ帰宅というスケジュールにしていました。その分、初日と二日目にガッツリ回った感じです。観光も大事ですが、休養の意味あいもありますので、ここは欲張らないのが我が家流。

お昼ご飯の時間がないので、朝ごはんをしっかり頂きます。まずは、お茶の酢。サッパリしました。



朝ごはんは、こんな感じ。お茶の味のする海苔の佃煮が美味しくて、買って帰ろうかと思ったのですが、お土産屋に置いてあった商品の量がちょっと多かったのでパス。残念!



佐賀空港にはリムジンタクシーというのがあって、要予約ですが、乗り合い形式で佐賀空港まで行ってくれます。これを事前に頼んでおきました。時間まで宿周辺を散策。今日も良い天気です。

予約したのは我々だけだったようで、迎えに来たのは普通のタクシーでした。これで佐賀空港まで約1時間。一人2000円で行ってくれます。

途中、ロードレースのために通行止めになっている区間があり、運転手さんが裏道をガンガン行きます。それにしても、道中、田んぼだらけでした。ルートは嬉野温泉から肥前鹿島に出て、肥前竜王から444号線を使って干拓地を横断して空港まで。

途中、回り道しましたが、ほぼ時間通りに空港着。これは便利です。佐賀県内の観光地ならほとんど対応できているので、佐賀へ行くのならリムジンタクシーはお勧めです。



昼食代わりにサンドイッチで済ませますが、朝ごはんをたくさん食べたので、そんなにお腹が減っていません。

帰りの飛行機はエアバスA321neoでした。個人モニターが各シートについていて、好きな映画やビデオ、放送を視聴できるほか、USBポートとコンセントがあり、充電が可能になっていました。

そうそう、ANAと言えばリニューアルされた機内安全説明ビデオが、歌舞伎役者を使った面白い動画になっています。普段、安全説明ビデオなんか見ないんですが、思わず見入ってしまいました。降りる時にはメイキング映像も放映されて、退屈しません。これは良いアイデアだと思います。

https://youtu.be/5MhGLRo7Wmg

行きの飛行機では落語を聞いて過ごしましたが、帰りは持っていった本をガッツリ読んでしまいました。折角のA321neoをもう少し堪能すれば良かったかな?

羽田からは、いつものリムジンバスで帰宅。こちらも順調で、夕方には我が家に到着しました。

お土産に買った軍艦島クッキー。何と軍艦島の石炭を練りこんであります。バターが効いていてとても美味しかった。



いつも以上に動き回り、観光して、温泉と美味い料理を堪能した20周年になりました。年内中に、もう1回どこかに行きたいですねえ。


| 【旅】 | 13:42 | comments(0)
長崎&嬉野の旅(2)
2月23日(土)

翌日は、シャトルバスに乗って長崎駅まで。そこから歩いて日本二十六聖人記念館に行きます。ガウディの建築みたいな教会がありました。昨日とは違って良い天気。やっと晴男の本領発揮が出来ました。



その後、市電に乗って石橋へ。ここからだと、グラバー邸までエレベーターで上がれます。珍しい斜行エレベーターと通常の垂直エレベーターを乗り継いで頂上へ。

グラバー園は生憎修理中。



今回、そんなのばっかりですが、世界遺産絡みで観光地のリニューアルをしているのでしょう。良い事だと思います。もう1回来る理由にもなりますし。グラバー邸以外のリンガー住宅やオルト住宅、三浦環の銅像や、プッチーニの石像などは普通に見られます。



園内の他の建物を見回っていくと、あっという間に時間が経ちます。頂上の三菱第二ドッグハウスの二階からは、長崎造船所が良く見えました。タンカーや護衛艦が見えました。DD119「あさひ」とDD176「みょうこう」ですね。このほかにも就役直前の最新鋭護衛艦DD120「しらぬい」が居ました。





大浦天主堂は、外から眺めるだけにして、次の目的地に急ぎました。市電に乗って、めがね橋へ。オランダ坂、出島と合わせて、長崎三大ガッカリ名所のひとつと言われたこともあるめがね橋。昭和57年の長崎大水害で被害に遭いましたが、復旧して少しは見栄えが良くなったでしょうか?堤防にハート型の石が埋め込まれており、人気スポットになっているようです。





近くのショップで買い物をして、再び市電で中華街へ。
本日お目当てのちゃんぽんを食べに行きます。お店は江山楼本店。少し待ちましたが、ここを外したらもう食べられないので、我慢して並びました。それでもお昼時なので回転が早く、10分も待っていないと思います。

特上ちゃんぽんと特上皿うどんを頼んで、二人でシェアしました。何も言わなくても取り分け用の小皿が出てきたのは、流石に有名店という感じです。





ちゃんぽん、皿うどん共にスープが絶品。皿うどんのほうが甘い味つけです。特上にはフカヒレが載っていました。昨日、下手な店で妥協しなくて良かった!

昼食後、陶芸品のお店に行き、出島を散策。25年前には1/10の模型しかなくて、本当にガッカリしたもんですが、地道に復元して、今や当時の建物の半分くらいが復刻されています。和装コスプレの案内人や観光客が居ました。混雑時間帯を上手く外したようで、ここはゆっくりと回る事が出来ました。



出島を見たあと、長崎臨海鉄道跡を見ます。長崎から長崎港まで国鉄の専用線が走っていたのです。廃線跡は遊歩道になっていて、その途中の河口に僅かなレールの跡と蒸気機関車の車輪がモニュメントとして残されていました。



再び長崎駅前に戻り、お土産の買い出し。アミュプラザ長崎の中の土産物屋で買い物をして、そのまま隣接の宅急便コーナーから、洗濯物と一緒に箱詰めして送ってしまいました。

多少身軽になったので、少しお茶をして休んだあと、九州号という高速バスに乗って、本日の宿、嬉野温泉に向かいます。



およそ1時間強で嬉野温泉に到着。想像以上に鄙びた町です。バスセンターから少し歩いて、まずは豊玉姫神社へ。鯰の神様がいる一風変わった神社です。豊玉姫は、竜宮城の乙姫様と言ったほうが分かりやすいですかね。基本的に安産の神様ですが、ここでお願いするのは美肌です。豊玉姫の使いである鯰の神様が美肌を司っているのです。
嬉野温泉は日本三大美肌の湯ですからね。でも、私は美肌にはあんまり興味ないので、無病息災を願っておきました。





そこからちょっと買い物などをして、本日の宿に向かいます。「茶心の宿 和楽園」です。結構大きな宿屋ですね。個人客以外に団体さんが2組ほど入っていました。

宿は、露天風呂のある離れを取りました。共同の外湯露天と、部屋にしつらえてある半露天風呂があります。

まずは露天風呂でしょう!少し寒かったのですが、広くてゆったり浸かることが出来ました。お湯はヌルヌルしていて、如何にも肌に良さそうな感じです。弱アルカリ性の湯です。



一休みしたら晩ご飯。先付け、お作り、椀物と、通常の宿屋料理ですが、すりごまのようにして擂った茶葉を任意でかけながら食べます。この宿は「茶心」と謳っているだけあって、お茶にちなんだ料理がたくさん出てきました。



ハイライトはお茶のしゃぶしゃぶ。煮立った煎茶の中に、刺身でも充分食えるホタテを惜しみなく投入して食べます。ホタテは生食派ですが、これはうまかった。





佐賀と言えば佐賀牛も有名ですね。自分で焼くステーキも美味でした。



佐賀のお酒と言えば、何といっても「天山」です。大変飲みやすいお酒。



お替りは「東一(あずまいち)」。天山に比べるとフルーティーな感じ。どっちも良いお味でした。

昨日から歩きっぱなしで結構くたびれました。2日でトータル3万歩以上歩いています。疲れを癒すために、もう一度部屋付きの露天風呂に入って就寝。

<つづく>





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長崎&嬉野の旅(1)

結婚20周年を記念して、長崎&嬉野に二泊三日で行ってきました。

2月22日(金)

朝5時前に家を出て、羽田空港に向かいます。我が家からは色々なルートがありますが、一番安全な南武線+京急ルートにしました。南武線は余裕で座れました。朝早かったこともあって、懸念された京急もさほどの混雑ではありません。

7時に羽田空港着。フライトまでは1時間ちょっとあります。朝ごはんは待合室でサンドイッチを食べました。

ANA便を使い1時間半くらいで長崎空港に到着。長崎に来るのは25年ぶりくらいです。空港もリニューアルして随分綺麗になりましたね。



リムジンバスに乗って長崎駅前まで。混んでいて1本見逃すことに。10分間隔くらいで出ているので、混んでいたら見逃すのが吉。

長崎は生憎の雨模様。クールファイブの例の曲が頭をよぎります。
まずは腹ごしらえ。駅ビルの中の中華料理屋でちゃんぽんを食べようと思ったのですが、予想通り混んでいました。1本後のリムジンバスに乗ったのが仇になった感じです。仕方ないので、海鮮居酒屋に行きました。刺身定食。鰤の鮮度が流石に素晴らしかったのですが、あとは可もなく不可もなく、まあ、こんなもんだ。ちゃんぽんは明日のお昼ご飯に持ち越し。

スマホの24時間チケットを買って、長崎市電に乗車。車は最新型の5000系でした。



まずは鉄分補給で浦上車庫へ。駅からちょっとしか見られませんが、もうすぐ引退する1051が見られたので大満足。予約すれば、車庫内の案内もしれくれるそうですが、そこまで鉄じゃないので(苦笑)



その足で長崎平和公園へ。記念像は現在改修中で、こんな姿でした。もう一度来る理由が出来ましたよ。



そこから雨の中を歩いて浦上天主堂へ。さすが切支丹の聖地、とても立派です。



そのまま歩いて爆心地公園へ行き、さらに歩いて長崎西洋館へ。ここは路面電車が建物内部を通り抜ける珍しい構造になっています。



このビルの中に市電資料館があるので、そこを見ました。Nゲージのレイアウトがあり、車輌は長崎市電のものを1/120くらいでスクラッチしたものと、市販のNゲージ車両が混在しています。雰囲気は良く出ていましたよ。



その他HOスケールの車両も展示してありました。作者のお名前も入っていたのですが、正直微妙な出来なので写真は割愛w
ここから再び市電に乗って、一気に大浦天主堂電停へ。途中、新地中華街電停で乗り継ぎます。
その時気づいたのですが、駅名が変わったんですね。結構な数の駅の名前が新しくなっていました。
昨年8月に築町から新地中華街に変えたのだそうです。松山町→平和公園、浜口町→原爆資料館、正覚寺下→崇福寺などに変わっています。

大浦天主堂電停から歩いて、軍艦島デジタルミュージアムへ。ここではVRを使った軍艦島のヴァーチャル体験ができます。結構入場料が1800円と少しお高いのですが、元は充分取った感じ。予想以上に良い展示でした。ちなみに市電の24時間パスを持っていると500円引きになります。



そこから歩いて、鉄道発祥の地などを見つつ、長崎県立美術館へ。歩き疲れたので、館内のカフェでお茶。私はレアチーズケーキを、妻はアップルパイを頂きました。
それから、青木野枝さんの「ふりそそぐものたち」という企画展を見ました。石鹸を使ったオブジェが印象的。写真撮影可能でしたので、幾つか写真を撮ってあります。



常設展には軍艦島の写真がたくさんあったのですが、軍艦島ミュージアムで見た写真が多く、良い予習になりました。個人的には桜島の貧困農家を撮影した一連の写真がとても印象に残りました。

ショップに寄ってから、出島周辺を散策して浜町へ。夕食は藤蔵ダイニングというお店を予約してあります。
ビル4階のこじんまりとしたお店。個室なので過ごしやすいお店です。

海鮮のお刺身と鯨刺し3種盛りを注文。くじらうめえ。ベーコン、すえひろ、さえずりの3種類。さえずりは充分に解凍したら、まるで別の歯ごたえ。



お酒は「杵の川」「月のよさ」という長崎県産の地酒を頂きました。九州というと焼酎のイメージですが、日本酒も美味しいものが多いのです。異国情緒たっぷりの有田焼の磁器が良い感じです。



その他、牡蠣のチーズ焼き、魚串、豚トロとアスパラの炒めものなどを頂いて大満足。

駅に戻って買い物を済ませて、ホテルに入ります。今日の宿は稲佐山中腹にあるルークプラザホテル。夜景がとても綺麗な宿です。この頃には雨も上がっていて、満足のいく夜景を堪能しました。



ラウンジで「らしくない」カクテルを飲んで20周年のお祝い。



明日も長崎市内観光をしたのち、嬉野温泉へ移動です。

<つづく>

 

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