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8時に全員集合しなかった家
今日の話は、Facebookでコメントしたものがベースになっているのだが、自らの備忘録的な意味で、日記にまとめておきたいと思う。

***

僕らの年代にとって、ドリフターズの「8時ダヨ全員集合!」は、誰もが見ている怪物番組であった。視聴率は最高で50%にも及ぶという凄い番組。中でも、加藤茶によるギャグ「ちょっとだけよ、あんたも好きね」は、当時の子供たちがみんな真似をした。

横にした炬燵の赤ランプをスポットライトに見立て、その前でポーズを取るのである。BGMは「タブー」。僕らの世代は、あの曲を聴くと加藤茶のポーズを必ず思い出すはずだ。

と、まさに見てきたような事を書いているが、実は私は「8時ダヨ全員集合!」を見た事がほとんどない。この、加藤茶のギャグが問題となり、家ではドリフはNGだったのである。だから、小学生時代、「8時ダヨ全員集合!」は見せて貰えなかった。

1回だけ見て、「これはダメ」と言われたのだと思う。ま、大体において、当時我が家では、土曜の夜8時のチャンネル権は父親にあった。子供は夜6時から7時台のチャンネル権を確保していたが、そのバーターとして8時以降は父母に選択権があったのだ。

ビデオなど一般家庭には無い時代である。テレビも一家に一台。だから、裏番組を録画しておいて後で見るとか、別室で一人だけ別番組を見る、などという芸当は出来なかった。

大抵の家は白黒テレビで、まだカラーは珍しかった。テレビが無い家も多く存在していた時代だ。だから、学校でテレビの話をしても、ついて来られない子がいたから、クラス共通の話題というわけではなかったし、テレビが無いから、全員集合を見ていないから、と言ってイジメられるような事も無かった。

全員集合が始まったのが1969年。裏番組にフジテレビの「コント55号の世界は笑う」があり、当初は視聴率もそちらのほうが良かったらしい。

全員集合が人気を誇るようになったのは1970年以降の話であるが、当時から我が家はNHKフリークだったので、土曜の8時はNHKを見るのが習わしであった。

1970年までは、ステージ101。NHKの101スタジオで、ヤング101というコーラスグループが歌を歌う番組であった。若き日の太田裕美、谷山浩子、田中星児、串田アキラなんかがいた。若子内悦郎さんという人が居て、祖母のお気に入りだったのをよく覚えている。後に放送日を日曜に変えて1974年まで続き、レッツゴーヤングにバトンタッチした。

1971年、NHKはあろうことか、お笑い番組をぶつけてくる。それが「お笑いオンステージ」であった。三波伸介、伊東四朗、戸塚睦夫の「てんぷくトリオ」によるお笑い番組だった。割と善戦していたが、戸塚睦夫が病気でリタイヤ、のち死去すると、てんぷくトリオは解散。番組は日曜夜にシフトし、三波伸介中心の番組になっていく。

1972年、仮面ライダー人気に気を良くしたNETは、全員集合に対して特撮&アニメをぶつけてくる。それが「人造人間キカイダー」と「デビルマン」であった。我が家はNHKを見ていたので、キカイダーもデビルマンも見る事が出来ず、後追いで再放送を見たクチだったが、一部の子供たちは全員集合を離れて、こちらを見ていた子も多かったように思う。

この前後に、前述の加藤茶によるストリップの物真似、「ちょっとだけよ」が始まり、子供たちの間で大人気になり、みんなが真似をするようになった。子供たちがストリップの何たるかを理解しているわけではない。ただその音楽(タブー)と、コミカルな加藤茶のポーズ、そして「ちょっとだけよ、あんたも好きねえ」というセリフが妙にウケたのだ。そして、それがNGを喰らったのだった。1973年、「全員集合」は驚異の視聴率50%をたたき出す。

続く1974年、NHKは果敢に対抗路線を敷いた。NBCミステリーの最高峰、刑事コロンボを放映したのであった。我が家は当然のように刑事コロンボを見る。私は子供ながら、最初から犯人が分かっているという新しいスタイルのミステリーにのめり込んだ。毎週土曜日が楽しみだった。1975年、コロンボの後番組として、同じくNBCの警部マクロードが始まり、これも楽しみに見ていた。

ドリフのほうは、荒井注が引退し、志村けんが入ってくる。だが、志村は2年くらい人気が出なかったようだ。ここからドリフ低迷期が始まり、クラスの中でもコロンボを見ているという子が増えるようになってきた。低迷期とは言え、視聴率は30%台だったらしいから、お化け番組なのには変わりない。

1975年、低迷期ドリフに、さらなる対抗馬が現れる。コント55号を解散した萩本欽一による「欽ちゃんのドンとやってみよう!」だ。ラジオから人気を得てテレビに進出するという異色の番組であった。「良い子悪い子普通の子」になる前、気仙沼ちゃんとかが出ていたころだ。前川清のコメディアンとしての才能を引き出した番組でもある。

警部マクロードが終わり、松本清張シリーズが始まるまでの間、我が家でも欽ドンと日テレの全日本プロレス中継を交互に見る日が続いた。この時も、全員集合は見ていない。我が家は基本的に野球を見る家では無かったので、NHKか野球中継をしていた時に、幾らでもチャンスはあったと思う。単発的に、キャンディーズが出ていた時代とかにワンポイントで見たような記憶もあるが、通しで全員集合を見ていた記憶は殆どない。

全員集合の復活は1976年。志村けんの初ヒット、東村山音頭であった。NHKは土曜ドラマシリーズ、コロンボとマクロードの新作を単発的に放送していたので、意外と穴があったのだが、我が家はNHKの番組で面白いものが無い時は、引き続き欽ドンとかプロレスを見ていたように思う。だから東村山音頭をテレビで見た記憶はない。

1979年、加藤茶と志村けんによるヒゲダンスのブーム期にも、全員集合は見ていなかった。日テレの全日本プロレス中継が無くなり、NHKは相変わらず土曜ドラマの短期ものばかりで穴が多く、この時期は流石に全員集合を見る機会もたくさんあったのだが、何のことはない、受験勉強などもあり、この頃は殆どテレビは見ていなかったのだ。

そして1981年10月、漫才ブームに乗って、フジテレビが「俺たちひょうきん族」を始める。最初は不調だったようだが、徐々に人気を博していった。NHKが、看板の土曜ドラマを8時スタートから9時スタートにシフトしたのも大きかった。我が家の土曜8時台のチャンネル権は当時中学生だった妹が完全掌握していた。この頃になって、ようやく何度か全員集合を見た記憶がある。おそらく妹が好きだった田原俊彦が出演していた時だろう。ただし、基本はひょうきん族を見ていたような気がする。そして、大学に入って実家から出ることになり、しばらくテレビの無い生活をしていた。

テレビを買ったのは82年か83年だったと思うが、土曜の夜8時には下宿に居なかったことのほうが多かったような気がする。居たときでも、テレビを見るなら、ひょうきん族であった。

1985年、遂に視聴率トップをひょうきん族に渡し、全員集合は終了することになる。

そんな感じで、我が家は全員集合とは縁の薄い家庭であった。

16年間に渡る放送で、私が確実に全部見たと記憶しているのは2回だけ。
一番見ていると思うのは、番組最後の「ビバノン音頭」。他の番組が終わってからチャンネルを変えるとやっていたので見た、という感じである(笑)

「全員集合」はタイムテーブルが決まっており、プロレス中継を見ていたときでも、CMの時にチャンネルを変えて見たりしたのだが、それは大体、前半のコントが終わってゲストの歌が歌われているタイミングか、少年少女合唱隊のコーナーだった。それは結構見ている気がする。

だから、世代の割には全員集合ネタには疎いのだ。
| 【映画・テレビ】 | 15:37 | comments(2)
第90回キネマ旬報ベストテン
昨日発表された第90回キネマ旬報ベストテン。
その、日本映画部門のリストを見てみると、、、

,海寮こΔ諒匐に
▲轡鵝Ε乾献
Jイ卜つ
ぅ妊ストラクション・ベイビーズ
ケ覆じ世ぬ
Ε螢奪廛凜.鵐Εンクルの花嫁
湯を沸かすほどの熱い愛
┘リーピー 偽りの隣人
オーバー・フェンス
怒り

でした。1位、2位とも順当と思いますが、それしか見てないや。

と、アレが入ってませんね。「君の名は。」
まあ、キネ旬なら選ばないかもなと薄っすらと思っていたのですが、やっぱり入りませんでしたねえ。おそらく読者選出では上位に入ると思いますが、この結果となった選者を知りたいです。

「君の名は。」については、個人的には割と否定的な感想を持ってしまったのですが、映画としての出来は悪くなかったと思うし、何しろこの人気ですからね。選ばない理由が知りたいな。
実は、凄く確認したい事が幾つかあって、それは映画館で見ただけでは分からないので、DVDを借りてもう一度よく見て、私の考えが正しいかどうかを判断したいと思っています。

恐らく映画ファンには受け入れがたい幾つかのポイントがあるんだと思っています。そこが低い評価になるんだろうな、と考えているのですが、果たして。

李相日監督の「怒り」は見たいなと思っていました。これはDVDが出たら見ます。

「リップヴァンウィンクルの花嫁」は、「重版出来!」の黒木華さん演じる黒沢心のイメージを壊したくないので当分見ない。そういうの割と重要です。

「クリーピー 偽りの殺人」は、興味はあるものの微妙。

その他は興味なし。

外国映画部門ベストテンは、見事に一作も見ていません。ここ数年は、必ず1作は引っかかっていたのですが今年は見事に無し。まあ、こっちがそんなに見ていませんからね。しかし相変わらずキネ旬はクリント・イーストウッド好きやなあ。北野武の駄作は選ばなくなったけど、イーストウッドは駄作でも選ぶもんなあ(ハドソン川の奇跡は見ていないので、名作か駄作かどうか分からないけど)。

キネマ旬報のベストテンは、90年代初頭から全然私と感覚が合わなくなって、理解できないような作品(悪いという意味ではなく)が、1位になったりして、何だかなあと思っていました。ミュージックマガジンの批評みたいに妙に捻くれた感じになってしまい、それがとても嫌でした。

10年前くらいから割と偏向なイメージが少なくなってきたのは選者が変わったのだと思いますが、海外作品の選出は相変わらずという感じがしています。
| 【映画・テレビ】 | 09:28 | comments(0)
2016年に見た映画&テレビドラマ
アニメに押されて映画やドラマはあんまり見ていませんが、傑作が多かったと思います。真田丸は、本放送を見ていなかったので、現在レンタルDVDで追っかけ中。ゴーストバスターズとかローグワンとか、年内中に見られなかった映画は来年の評価に回します。

なお、アニメ映画はアニメのほうに分類しています。

シン・ゴジラ 10点

言うまでもなく、今年最高の映画。過去の日本特撮映画の中でも最高峰と言って良いのではないだろうか。でも、実態は特撮というより政治ドラマだよね。そこが微妙って言えば微妙。特撮映画として見たとき、ゴジラものとしては、ミニラの呪縛を解き放ったという事で、個人的には評価が高い。実はゴジラ映画って、あんまりいい作品無いんだよねえ。DVD借りて30回くらい見直したい映画。

重版出来! 9点

マンガ実写化ドラマの歴史上最高傑作のひとつと言いたい。久々に熱中したテレビドラマであった。ネタがマンガの編集という地味なものなので、テレビ受けするかどうか心配であったが、一般的評価も高かったようだ。しかも最終回のオリジナルストーリーが神回であった。よくぞやった!という感じ。視聴率が伸びなかったらしいが、それはどうでもいい。黒木華さんは、最初違和感があったのだが、見ていくうちに気にならなくなった。これが役者というものであろう。オダギリジョーとか安田顕とかを筆頭に、ほとんどの配役がハマりすぎ。ただ、中田伯がイケメンすぎたのがイマイチだったので、そこだけマイナス。

赤めだか 青春落語グラフィティ 9点

昨年暮に特番で放送された番組。DVD鑑賞。落語家の立川談春が談志に弟子入りしてから二ツ目に昇進するまでの物語。立川談志役をビートたけしが怪演。たけしでも談志でもない不思議な師匠の存在感が物凄い。談春役は嵐の二宮和也。とても上手い。彼は早いとこジャニーズなんか辞めて俳優に専念すべきだなあ。五代目中村勘九郎役を六代目が演じたんだけれど、声も姿も良く似ていて思わず涙。TBSやれば出来るじゃん。下らない番組ばかり作っていないで、こういうのをたくさん作れよ。

ウルトラマンX 7点

DVD鑑賞。演出がことごとく今風で、そこが残念なのであるが、今の子供には、こういうほうが良いのかもね。それはサンダーバードにも感じたことである。昔の怪獣をリメイクしつつ、新しい話にしているのは親世代を取り込もうという事なんだろう。サイバーカードとか、スパークドールズとか、大人の事情見え見えの設定に色々文句はあるけれど、全体的に面白かったので、これはこれでいい。山瀬アスナ役の坂ノ上茜が、ちょっとイモっぽい感じで、それが嘗てのアンヌ隊員を彷彿とさせていて一番良かった。この手の特撮に出てくるイモっぽいねーちゃん大好き(それかよ)。

刑事フォイル 7点

2002年にスタートし、8シーズン13年にも渡る連続ドラマ。第二次大戦中のイギリスという通好みの舞台で繰り広げられる数々の殺人事件を追う刑事もの。ストーリー構成やキャラクターの性格付けが素晴らしく、とても楽しめた。だが、如何せん地味なので、ミステリや、この時代好きの人以外にはお勧めできないかも。シーズン8まであり、全28話だそうだが、レンタルDVDが出始めたので、全部見るでしょう。

ちはやふる 上の句&下の句 6点

マンガ原作の実写化にしては良くできていた。が、アニメ版のほうの出来が良過ぎたのが敗因だろうか。及第点以上は上げられるが、それ以上にはならない。広瀬すずはかなり健闘していたけれど、突き抜けた感じがもうひとつ。かなちゃん役の子も結構雰囲気あったんだが、オデコと胸部装甲が惜しかったなあ。あと男子が皆イマイチ。

オデッセイ 6点

宇宙ひとりぼっちもの。ガムテープでヘルメット補強とか宇宙服に穴あけてスラスター制御とか、一応科学的根拠はあるらしいけれど、そんな馬鹿なと思ってしまう。映画としては良く出来ていると思ったが、この手の作品は主人公が超人になりがちなのがちょっとね。あと、どうしてもゼロ・グラビティと比較してしまうのが後追いの辛さだったかな。BGMが70年代のディスコミュージックばかりで最高だったので、1点加点。これは、ある意味ミュージカルなのかもね。

サンダーバード ARE GO 5点

CG化されたサンダーバードなのであるが、キャラクター設定等、微妙にスーパーマリオネーション時代のイメージが残っていて、そこが逆に気持ち悪い。料理上手だったおばあちゃんが料理下手になっていたり、田舎の成金みたいなイメージになってしまったペネロープとか、ツッコミどころ満点。さらにミンミンがケイヨー(京葉?w KAYO=カヨだね)になってしまい大幅なキャラ設定の変更があったりして、それもガックリ来たが、吹き替えが大好きな寿美菜子さんなので少し救われた(笑)。メカもCGなので重さを感じない。だが、例の実写版よりは、はるかにマシ(苦笑)。脚本のばらつきが多すぎたのが残念。

アイアムアヒーロー 5点

マンガの実写化は良く見たけれど、鈴木英雄役の大泉洋が凄くイメージが似ていて、そこは素晴らしかった。中田コロリ役の片桐仁なんか、殆ど本人だったしね。でも細かいところに違和感が。特に、てっこが単なる嫌な女になってるところがなあ。最初の英雄とてっこの関係は、かなり重要なんだけど。それを筆頭に、シナリオは大いに不満。長い話をショッピングモールの所だけ切り取ったのは正解だけれども。まあ元々2時間で収まるような話ではない。塚地武雅演じる「三谷」がきちんと「三谷」という名前だったのは評価しておこう。元々ゾンビものは好きじゃないので、少し辛口の点数になった。

アイアムアヒーロー 始まりの日 6点

上記作品のスピンアウトもの。長澤まさみ演じる小田つぐみにスポットを当てた、ゾンビ化が始まる日の物語。メインの映画より面白かったなどと言っては失礼か。オリジナルのマンガに左右されない分、自由に作れたのが良かったんじゃないかなと思って1点プラス。

喜劇 駅前飯店 9点

DVD鑑賞。久々に見た駅前シリーズの最高傑作。出演者全員がカタコト日本語。いわゆるゼンジー北京語ね「ハイ、ワタシ中国ノ広島生マレ、ゼンジー北京アルノコトヨ」。これ、今作ったら非難囂々だろうな。しかし、森繁久彌や伴淳三郎が全ての台詞をゼンジー北京みたいなカタコトの日本語で会話してるのを見るだけで捧腹絶倒。若き日の王貞治も客演してるのことよ。

日本のいちばん長い日(2015) 5点

終戦直前の「宮城事件」を映画化したもの。今回で2回目の映画化になる。監督は原田眞人。岡本喜八版と比較すると、圧倒的に役者の存在感が薄い。テレビドラマを見ている印象。まー、ある程度は仕方ないと思ったけど、これほどとはね。日本の俳優は本当に薄っぺらくなってしまった。岡本喜八版を再評価するための映画。

スターウォーズ/フォースの覚醒 4点

何だよこれ、エピソード4のセルフリメイク?広大な宇宙の中で「渡る世間に鬼はなし」みたいなホームドラマやってんじゃねえよ。全員関係者かよ。はっきり描いてないけど、主人公の女の子も、ソロとレイアの娘なの?そりゃないよなあ。スターウォーズの一番嫌いなところが凝縮されてしまった感じ。ソロは死んだけど、次回作はルークが出しゃばるんだろうなあ。師匠と弟子みたいな。あ、それってまんま帝国の逆襲じゃん。またセルフリメイクすんのか。

HEROES REBORN 3点

色々難しく考えすぎ。もう少しシンプルな話にしないと、全然ついていけない。出演者がことごとく謎過ぎて、全く面白くなかった。謎は最低限に絞らないと意味がない。初期のワクワク・ドキドキ感が完全に失われた。もう続編作っても見ないかな。

僕だけがいない街(実写版) 2点

ラストが原作とは異なる終わり方になるのは、映画的手法として問題ないのだが、これが最悪の出来。主人公が15年間植物人間になる部分をすっぱりオミットし、「僕だけがいない街」の解釈を変更してしまったのは噴飯もの。その影響で、犯人が捕まっていない部分のシナリオが破綻してしまい、最後の20分間、はてなマーク点きっぱなし。見て損した。当初から分っていた事だが、10歳前後の子役って大嫌いなので、そこは割り引きたい所だったが、アニメとの絶対的な差が出てしまったね。あと、石田ゆり子の奇蹟の若さが災いし、藤原竜也の母親役ってのはちょっと無理があった。有村架純が可愛かったので2点だけ(馬鹿なの?)。

進撃の巨人 ATTACK ON TITAN 1点

シン・ゴジラと、監督及び配役の半分くらいが被っているのに、こっちは超駄作。樋口監督の悪いところが出ちゃったなあ。原作と同じなのは最低限のプロットのみ。ストーリーも全然違うし、何より安易というか、ご都合主義すぎて全然ダメ。リヴァイ曹長も出てないし、代わりに出したシキシマってのが完全にダメなキャラクター。豪華なキャストもロケ地も台無し。大巨人のCGはまるっきり絵を見ているかのよう。ストーリー改変は否定しないけれど、原作と同等かそれ以上のクオリティが必要。全部脚本家が悪い。後編は見る気も起きず。桜庭ななみが可愛かったので恩情で1点。

仮面ライダー1号 1点

仮面ライダーゴーストの1エピソードに過ぎなかった。仮面ライダーゴーストの世界観が分からないので、その部分は評価不可能としておくが、オリジナルストーリーを期待していたので完全な期待はずれ。あと、立花藤兵衛の娘なのに礼儀知らずで自分勝手な女に幻滅。10代の小娘が70歳近い育ての親を「猛」呼ばわりはしないだろう。命の大切さを伝えているのに、一旦死んで生き返る矛盾したストーリーが全然ダメ。地獄大使と共闘なんて噴飯ものだ。オールドファンにも、ゴーストのファンにも中途半端だったのではないかなあ。見るべきではなかった。0点にしたいところだが、スーツアクトもスタントなしで本人が演じたという藤岡弘に敬意を表して1点だけ。

ストレイト・アウタ・コンプトン 評価不能

日本って、安倍はヒトラーとか言っても逮捕されたり殺されたりしないし、日本死ねが流行語大賞になったりするし、ホントどうしようもなく平和な国だなというのを痛感。アイス・キューブっていう人に物凄く共感したけれど、やっぱりラップは性に合わない。これだけは仕方ない。評価不能っていうのはそういう意味で、嫌いとかダメというわけではありません。不能っていうか、私ごときが評価してはいけない映画かな。


年末になって、キャリー・フィッシャーの訃報が飛び込んできました。今年は結構亡くなりましたねえ、仕方ないとはいえ、70年代文化の終焉を感じます。来年は、もうちょっと旧作の再鑑賞をしたいですね。

 
| 【映画・テレビ】 | 12:16 | comments(0)
「この世界の片隅に」を見た。
昨日は、どうにも仕事をする気が出ず(最近、そんなんばっかりです。あんまり細かく書けないけど、モチベーション上がらない大事件があったのでねー)、午前中半休して映画を見ました。

「この世界の片隅に」です。

実はある程度原作の内容を知っており、ちょっと今の精神状態ではキツイかなと思ったのですが、それでも良い映画を見たと思います。

以後、壮大なネタバレを含みますので、未見のかたはご注意下さい。

***

あらすじを書いてみると、改めてこの話がどれだけ悲惨な物語なのかが分ります。

『広島に住む、絵が得意な少女すずは、見染められて呉の北條周作のもとに嫁ぐ。相手がどんな男かも知らない上に、嫁いだ先の義母は足が悪くて働けない状態。さらには義姉が離縁して戻ってきてしまい、すずは益々肩身が狭くなる。
呉は度重なる空襲を受け、そのために義理の姪と自分の右手首から先を失ってしまう。
8月6日には広島に原爆が落とされ、両親を失い、妹も原爆症になってしまった。兄はとうの昔に戦死している。
焼野原となった広島で見つけた戦災孤児の少女を拾い、呉の家に戻るところで物語は終わる。』

書きようによっては、物凄く暗く、悲惨になる話なのですが、すずの性格がほんわかとしており、それが救いになって、さほど悲惨な印象はありません。

絵を描くのが好きなのに、右手を失ってしまっては、もう絵が描けないのです。それがどれだけ辛いことかは表現されていません。それでも普通に生きていくしかない。でも、本人には、そんな覚悟すらありません。相変わらずのほほんとしている。そこがすずの性格の良いところなんでしょう。それは決して諦観ではないのです。

広島と呉を舞台にしている事は、我々にはいずれ原爆が落ちるという事があらかじめ分かっています。それゆえ、その直前に右手と姪を失い、今また広島の家族を失うであろう事が分っているのですが、どうすることもできません。その行く末をただ見ていくしかないのですが、不思議とすずにはそういう悲惨なイメージが付きまといません。

情報量の少ない時代です。広島に新型爆弾が落ちても、家族の安否すら分らない。そこに大きな不安はあるでしょうが、健気に生きているのです。むしろ情報量が少ないからこそ、余計な心配をしていないという事なのかもしれません。何事も即座に分ってしまう現代というものが、果たして良いのか悪いのかを考えてしまいました。

唯一、すずが感情を爆発させるのは、終戦の玉音放送を聴いた後、一人で畑に行き、号泣するシーンのみです。それだけに、このシーンは心を掴まれる厳しさがありました。

周作とのラブシーンは、他愛もないキスシーンのみですが、これが妙に色っぽい。表現力稚拙で申し訳ないんですが、ヤバいですね。チョーヤバい(笑)

幼馴染の水原が、巡洋艦青葉に乗り組む水兵となり、すずを訪れてきます。周作は、彼を納屋に寝かせ、すずに行火を持たせて二人きりにさせます。これも、冷静に考えると凄いシーンなのです。これから死にに行く幼馴染で初恋の相手であろう水兵に、自分の妻を差し出すわけです。しかし、すずは未だに淡い感情は持ち合わせていながらも、夫への愛情を再確認する。描きようによっては幾らでもドロドロ出来る話ですが、綺麗に纏めています。次の日の夫婦喧嘩も含めて、良く出来ているなと思いました。まあ、原作どおりって言えばそれまでなんですが。

原作に忠実に描いているのは好印象ですが、そのために駆け足になっている部分も多く、そこが少しだけ残念でした。すずが、妊娠か?と思ったシーン、お義姉さんがよそってくれるご飯が、最初は大盛り2人分なのですが、その次に1人分に戻ってしまう部分で妊娠は間違いと気づくのですが、気づかなかった人もいたようで、赤ちゃんどうなったの?という感想を呟いている人がいました。

遊郭のリンさんとの話も大幅にカットされており、突然すずがリンさんの名前を口にする部分に多少の違和感が出ます。原作読んでない人は、リンさんって誰だと思ったかもしれません。まあ、それは些細な部分ですし、無視できる範囲だと思いますが、これだけ緻密に作られた映画だけに、その2点が惜しいなと思いました。

多くのかたが指摘されていますけれど、この映画は色使いと音が抜群です。「マイマイ新子」でも感じたところの、淡い色使いが素晴らしい。あと、作った音ではなく実際の音をサンプリングしたという効果音。とりわけ、爆弾の爆発音が鈍くバスンと唸るのは、それを生で体験(自衛隊訓練などを見ました)した私には、物凄くリアルで、それゆえに恐怖感が際立ちました。アニメに良くある「ひゅー、どっかーん」では興ざめです。

効果音同様、主人公すずを演じたのん(能年玲奈)さんの声も素晴らしい。一本抜けた、のんびりおっとりした性格が良く表現されていました。広島弁をこれだけ可愛く、緩やかに喋れるのは驚異的です。わしらは広島弁というと仁義なき戦いの世代じゃけんのう。アニメの声優さんでは出せない声ですね。これも大変素晴らしいキャスティングと思いました。

原作通りなので、これは深読みし過ぎと思いますが、最後に広島で戦災孤児となった少女を救うくだりも素晴らしかった。義姪のハルミちゃんを亡くす場面で、あの思い出したくもない最悪の映画「火垂るの墓」を連想してしまうのですが、この戦災孤児の女の子を救う部分で、「火垂るの墓」に対する強烈な「祓い清め」を感じました。それはジブリ・高畑勲に対するしっぺ返しのようにも感じられました。
個人的には、30年近くに渡る「火垂るの墓」の怨念を晴らしてくれたと思いたいです。ま、原作もそういう話だから考えすぎなのは分っていますけれども。

絶対泣くだろうと思って、ポケットからハンカチを出して構えていたのですが(笑)、ほとんど泣けませんでしたねえ。これは意外なんですが、やはり、のんさんの、のんびりとした声が心を溶かすんだと思います。
唯一、ラストもラスト、エンドロールの最後の最後で出てくるシーンにだけ、思わず泣かされました。途中で離席しないで最後まで見てください。ここだけはネタバレしないでおこうと思います。

***

ネットの評判を見ると、この映画を評価している人の多くが、「君の名は。」を持ち出して、あれは軽いとか内容が薄いみたいな話をしています。でもそれは違うと思うなあ。

「シン・ゴジラ」と「この世界」は、映画的手法で作られています。モブの出演者ですら、細かい設定があり、綿密な取材を行い、ウソの無い世界を描くのは映画的手法です。
ですから我々は、その情報量に圧倒されます。そして凄いと思う。
ところが、「君の名は。」は、明らかに監督が興味のない部分については浅く薄い。致命的なミスも目立ちます。そこがダメという事なんですが、それは「君の名は。」を映画的観点から見てしまうからです。勿論、映画なので、ダメなんですが、そういう事ではない。

ダメなはずの映画なのに話題となり、人気が出たのは何故だろうと思っていました。否定しているのが男性に多いので、男と女の感覚の違いと思っていましたが、今回「この世界」を見てハッキリと分りました。

「君の名は。」は映画的手法ではなく演劇的手法で作られているのです。

二人の主人公の感情のみを主題にしているのです。周囲の人物は勿論、背景なども、とても緻密で綺麗な映像で描かれていますが、実は背景すら必要がない映画なのです。「この世界」では、単なるつなぎのカットでしかない昆虫のアップですら意味を持っていますが、「君の名は。」にはそれが無い。単なる風景です。キーポイントとなる設定の部分ですら、監督が全く感情を入れ込んでいないので、逆に二人の気持ちが際立つということなんでしょう。綺麗な背景や特殊なプロットに惑わされてはいけません。あの映画は大黒幕の前で演じられる二人芝居なのです。

「君の名は。」は、ダメ映画として、評価出来ないと思っていましたが、今回、「この世界」を見たことで、むしろ再評価につながったという意味では、とても意味があったと思います。

でも、やっぱり「君の名は。」の作り方は好きじゃないな。


| 【映画・テレビ】 | 11:43 | comments(0)
STARWARSに関する独り言。
公開前、期待の大きかったSTARWARSの新作。Googleまでグルになってのお祭り騒ぎに、ちょっと引いてしまった。こうなると天邪鬼な私はダメなので、余計な事を言って墓穴を掘らないように、しばらく静観を決め込むことにした。

期待が大きければ反動も大きい。

江川達也あたりが、そもそもSTARWARSって脚本がダメだろ?とか言い出したあたりから、妙な批判めいたものが増えてきて、そういう事も気に入らない私は、さらに静観を決め込むことにした。

公開から一週間。賛辞も批判も、そろそろ沈静化してきたようなので、STARWARSに関する話を書くことにする。

***

まず、私個人は新作のEP7はおろか、EP1〜3も見ていないので、これらについて優劣を語る資格を持たない。見ていないものに対して感想は述べられないので、今から語るのはEP4〜6についての話になる。

1978年、いわゆるEP4が公開されたとき、私は劇場に足を運んで3回見た。凄い映画であった。
当時の特撮技術を駆使して作った素晴らしい宇宙空間の映像に心を奪われた。

冒頭、20世紀FOXのテーマに続いて流れるタイトル。そしてメインタイトル。そのバックを流れる壮大なオーケストラのBGMが始まり、宇宙空間を絨毯のように流れていくイントロのロールに繋がっていく。その、ロールが終わると、小さな宇宙艇が逃げていき、後ろから巨大な宇宙戦艦が追ってくるシーンが始まる。

この宇宙戦艦が凄かったね。いつまで経っても姿が切れない。どんだけデカいんだよ。もう、このワンシーンで掴みは完璧であった。

良く見ると気持ち悪いだけのC−3POの顔も、お姫様というには微妙なレイア姫も、ドイツ軍かよ!と言いたくなる帝国軍の衣装とか、ダースベイダーのヘルメットなんかも、実に些細な事のようにしか思えなかった。

脚本がダサいとか何とか、そういうのはどうでも良かったね。とにかくあらゆる意味で画期的な映画だったんだから。

最後のデス・スターへ突っ込むシーンも素晴らしい出来だった。一回失敗してラストチャンスに賭けるというのが、サンダーバード同様に娯楽作品の定石を守っていて、アクション映画としても見ごたえのある作品に仕上がっていたと思う。

EP4の熱狂が終わって3年後、EP5「帝国の逆襲」が公開される。これも封切りと同時に見た。が、EP4ほどの熱狂は無かったなあ。TO BE CONTNUE と言わんばかりの中途半端なエンディングにガックリ来たし、新キャラクターのヨーダも気持ち悪いだけだった。(個人的見解だが、総じてSTARWARSの宇宙人やロボットデザインとは相性が悪い)

続編は名作たりえない、という映画のジンクスは、ここでも覆らなかったと思った。

そしてまた3年。EP6のときには、STARWARS熱は殆ど醒めていた。これだけは封切りと同時ではなく、ちょっと遅れて見た。
ダースベイダーがルークの父親っていうだけでも残念なシナリオだったのに、まさかレイア姫が妹とはね。そりゃないよね。子供だましと言われても仕方ないように思った。でも、子供には楽しめる作品になっていたと思うし、そこはそれでいい。

個人的にはさほど評価していないEP6だけれども、一応3部作の完結という事で、それなりの結末をきっちり纏めたという意味では十分に評価できる作品であった。

・・・1997年までは。

1997年、これら3部作に新たなCG加工を加えた特別篇がリリースされた。
言語道断の改変であった。

EP4を見ただけで幻滅し、5、6の特別篇は見ていなかったのだけれど、今回、おさらいの意味で見ることにしたのだが・・・

EP4は、あの当時の技術でここまでやった、というのが素晴らしかったのだ。それに手を加える必要はない。しかも、不用意に中途半端なCGだらけ。CGというのは飽きが来る。1997年頃のCGは、さらに発展途上だったから、現在の尺度で見ると明らかに不自然で見劣りがする。
夢をいじるなよ。チャチな特撮でも、我々は脳内補正が出来るのだ。公開当時のままでいいんだよ。
そこを、ルーカスは勘違いしたんだね。

特にEP4での、デススター攻撃のシーンが全面的にCGになっていて興ざめ。あそこはさあ、模型のままでいいんだよ。俺が劇場で感動したSTARWARSを返してよ。

しかし、今回5と6の特別篇を見て、さらに驚愕した。特に6!!最後!!
ヨーダとオビワンと、もう一人ベイダーの仮面を脱いだ姿があったところに、変な若いのがいるじゃんよ。誰だよあれ?知らんぞ。

どうやら、EP2とか3でアナキン役を演じた人が出てきているらしいのだ。
それは無いだろう。いきなりEP6から見る人は少ないと思うけど、そういう人たちにも配慮すべきだよね。STARWARSは、STARWARSのファンのためだけのものではないはずだ。

いかんなあ。

しかも、DVDって、このバージョンしか出てないらしい。最悪ではないか。俺のSTARWARSを返せ。


| 【映画・テレビ】 | 15:55 | comments(0)
今年見た映画
あんまり見てません。DVD鑑賞が主なので、古い映画も多数あり。
10点満点評価です。感想は、ごく個人的なものなので、反論等ご容赦頂きたく。

・スプリングブレイカーズ 1点
女子大生のドラッグ、酒、セックス、犯罪の物語。安易すぎる設定。見ていて不愉快。

・土竜(モグラ)の唄 潜入捜査官 REIJI 7点
ビッグコミックスピリッツ連載漫画の実写化。馬鹿げている原作を馬鹿っぽく実写化して、意外にも良くできた作品になったと思う。こういうのは実写化に向いているかもね。考えないで見るのが吉。

・猿の惑星:新世紀(ライジング) 6点
どんどん違う方向にずれていく猿の惑星シリーズ。これでいいのかという気がしないでもなかったが、これは割と原作に近い方向性で纏めていたので好印象。

・ガッチャマン 3点
科学忍者隊ガッチャマンの実写化と思うからダメなんだ。まるで別物と思えば見れなくもないが。まあね。剛力彩芽がどうとかいうよりも、パンチラの無い「白鳥のジュン」に存在価値はない。しかも黒いし。

・永遠の0 1点
ラストもラスト、岡田准一演じる宮部が特攻するシーンで、最後にニヤリと笑う顔が大写しになったところで全部台無し!ちゃぶ台ひっくり返された。あのワンカットで今までの流れを全部否定した。その意味では凄い映画なんだけど、まるで評価に値せず。1点は0点にしないだけのオマケ。慈悲。ここまで酷い映画は「模倣犯」以来久々だ。二度と見ない。

・女子ーズ 2点
当代人気若手女優を集めて、ダサい戦隊もの特撮をギャグ強めで作ってみました。ただそれだけの映画。もう少し何とかならなかったものか。有村架純とか高畑充希とか、折角の若手女優を配しているのに、まるで活かされてない。資源の無駄遣い。

・ザ・フューリー 烈火の戦場 7点
人気映画「フューリー」にあやかって、紛らわしい邦題が付いているんだが、そんな小細工をしなくても良くできた戦争映画。黒人差別に視点を置き、真面目に作っている。考証もまずます。ミリヲタにはM18ヘルキャットのホンモノが出てくるのが見どころ。思わぬ拾いものであった。

・体脂肪計タニタの社員食堂 6点
タニタの社員食堂をモデルにしたフィクション。決してノンフィクションではないので、そのつもりで。そして、この映画を見ても、よし!ダイエットしようとは思わないので、そういう効果を期待している人には、向かないどころか逆効果かも。

・五人の突撃隊 7点
昭和36年公開の日本映画。このころの日本の戦争映画は面白かった。今は妙に反戦だのヒューマンドラマだのにこだわり過ぎ。この作品もヒューマンドラマではあるが、妙な思想とか理屈っぽい湿っぽさが無いところが良い。今の戦争映画は頭でっかちで、理屈が多すぎる。戦った、死んだ、悲しいでいいじゃんか。そこはあくまで個人の問題でしょ?戦車カッコいい、飛行機カッコいいで何が悪い。こういう戦争映画を再び作って欲しいものだが。

・寄生獣/寄生獣完結編 1点
前後編に分かれての映画化。微妙に原作と違う部分に違和感。未見のかたのために多くを語ることは避けるが、特にラストの処理の仕方が酷すぎた。永遠のゼロと並ぶ、同率ワーストワン。ただでさえ見てる映画少ないのに、ハズレ2本も掴まされるとは、今年はついてない。

・野火 8点
今年一番の問題作。大岡昇平原作の同名の小説の映画化。戦争中のカニバリズムを題材としたものであるが、予算が無さ過ぎたのが残念である。トラウマシーンが幾つかあるので、心臓の弱い方や悪夢を見やすいタイプのかたにはお勧めしない。一部の残酷描写が趣味に合わないのと、不自然なフィルターを掛けた映像表現に疑問を感じたのでマイナス2点。それが無ければ文句なく満点だったが、そこは「鉄男」の塚本晋也監督だからね、私と趣味が合わないのは仕方ない。

・小野寺の弟・小野寺の姉 3点
向井理と片桐はいり主演の恋愛コメディ。片桐はいりに依存しすぎ。全体を通して物凄くイメージが悪いのは、なんとなく「間宮兄弟」を連想させるからか。あの映画が好きならこれも気に入るでしょう。展開がベタすぎて終始シラケっぱなしであった。西田征史に期待しすぎた。映画監督の才能は無かったね。ごめんね。

・龍三と七人の子分たち 6点
北野武監督のヤクザコメディ。こういうの意外と下手だなあ。面白くはあったが、少々ベタなノリが今ひとつ。元ヤクザの老人たちが、まるで更生していないというプロットが素晴らしいんだが、そこを活かしきれなかった。チョイ役でたけしも出ているけど、刑事役はもう無理だね。

・マッドマックス 怒りのデス・ロード 10点
無条件で1位だろ?!今年はこれだろ?!少し甘いけど10点!!

<スターウォーズ前夜祭>

スターウォーズの新作が公開されるってんで、日本のパチモン映画見直してみました。だって、SWはEP4〜6しか見てないんだもの。EP1〜3は、CGがあくど過ぎて途中で挫折してるからね。今回の新作も劇場で見る気にはならないなあ。

・宇宙からのメッセージ 7点
東映戦隊ものの延長線感が半端ない。悪役がねー、良くも悪くも東映なんだよね。物凄くお金が掛かっている割には物凄く安っぽいのがどうしようもない。
丹波哲郎とか、小林稔侍とかでも笑っちゃうのに、ダースベイダー役が成田三樹夫、その「母親」が天本英世ってね。凄いね。折角のビック・モロー(ハン・ソロ役)が霞むかすむ。さらに「若さだよヤマちゃん」の佐藤允、織本淳吉とか、まさに東映でございます。ありがとうございました。
ストーリーが、誰がどうみても南総里見八犬伝。いざとなったら玉を出せ。いやー、それでいいのかよ。ま、オリジナルのスターウォーズも「隠し砦の三悪人」なわけだが。
ところが、現代の視点で見ると、そこが結構おもしろかったりする。CGで安易に作ったつまらない映画よりもずっと見ごたえがあった。そこを再評価して7点。

・恐竜・怪鳥の伝説 4点
宇宙からのメッセージの流れで、70年代日本特撮映画の再評価中。が、評価に値しない作品もあるわけで(苦笑)。折角の特撮映画なのに特撮シーンがほんのちょっとで、しかもダサい。怪獣王子から進歩してないじゃん!日本は恐竜ものが下手すぎる。これは東宝でも同じね。不必要にグロいシーンとか、中途半端なBGMとか、いろいろダメ出しするとキリがない。そもそも脚本がね。

・宇宙大戦争 6点
宇宙からのメッセージの同時代ものという事で、惑星大戦争を借りたつもりが、別ものでした。
こちらは昭和34年上映の特撮SF映画。東宝作品。怪獣は出てきません。地球防衛軍の姉妹作品という触れ込み。メカデザインが小松崎茂っていうのが良い。BGMは我らが伊福部昭。アップテンポで、それだけで気分が高揚しますね。東宝SFは音楽に伊福部さんが居るだけで得をしている。個人的には怪獣とかロボットが出てこないのでマイナス1点。内容はSF寄りの作品で、なかなかだと思いますが、如何せん古い。そこを割り引いて少し高めの評価。

・惑星大戦争 3点
東映が宇宙からのメッセージなら、東宝は惑星大戦争で勝負だ。主演は森田健作だ。宮内洋でいいじゃん?ギャグだねえ。何だよこれ海底軍艦のリメイクじゃんよ。舞台が海底から宇宙になっただけ。ムー帝国が恒星ヨミになっただけ。東宝もセンスねえなあ。時代設定が1988年で苦笑。今から27年前の話です、とか思えば腹も立たないか?宇宙獣人とか、マンモス鈴木を毛むくじゃらにしてチューバッカもどきですか。いやあ。敵の戦艦なんか、もろに帆船だもんね。ガレー船だよ。しかも名前が金星大魔艦だよ。宇宙空間で櫂漕いで進めるのかよ。勘弁してよ。当時の東宝の凋落ぶりを改めて認識せざるを得なかった。
いやあ、そう考えると、宇宙からのメッセージのほうがナンボかマシなのにびっくりするよね。

***

今年、映画館で見たのは何と「野火」だけ。あとは全てDVD視聴でした。
来年は、もう少し映画館に行きたいなと思いますが、スターウォーズの新作は、かなり遅れてDVDを借りて見るでしょう。

 
| 【映画・テレビ】 | 11:38 | comments(0)
「野火」を見た。
健康診断が予定より大幅に早く終わってしまった。
このまま会社に帰るのも業腹なので、ちょいとサボって行こうと思って、ハタと思いついた。
そうだ、映画、見よう。

とても気になっていながら、予定が合わなくて見られなかった映画、「野火」を見る。

で、以下感想。ネタバレを多数含むので未見のかたは要注意。

***

大岡昇平の原作を映画化したものである。戦争映画っぽいが、これは戦争映画ではない。
勿論、時代は太平洋戦争の南方で、日本軍兵士の事を描いているんだから、戦争映画の範疇ではある。
だが、いわゆるドンパチは殆ど出てこない。というよりも、敵軍と「交戦する」シーンが全く無い。
敗走し、逃げる途中で米軍に見つかり機銃掃射で全滅というシーンはあるが、その時も日本軍は「戦って」いない。ただ只管、なぶり殺されているだけだ。
それは戦争とは言わない。ただの鏖(みなごろし)だ。

正直、「戦争映画」というものに対しては人一倍、辛口の批評をすることにしている。それは、ミリタリーファンとしての矜持でもある。「野火」の映画化と聞いて、巷の良い評判を幾つか聞いたけれども、正直言って、それほどは期待していなかった。まあ、いつの場合でも、他人の大絶賛映画に対しては斜に構えてしまいがちな天邪鬼である。しかも戦争映画と来ては、簡単に高評価などできない。最近よくある国産の戦争美化映画みたいなノリがちょっとでも入っていたら、こき下ろすつもりであった。

が、実際見て、その思いを大きく改めざるを得なかった。

これは戦争映画ではない。
少しでも、戦争とは云々、生きるとは云々などと綺麗ごとが語られていたら、そこで終わりの映画であった。だが、そんなことは1ミリも語られていなかった。戦局の説明や、この戦地がどこであるかの説明すら省かれた。事前知識なしで、これがフィリピンであると理解できた人は殆ど居ないだろう。
そこが、この映画の特筆すべき点の一つである。
もう一度言う。これは戦争映画ではない。

では何なのか。陳腐な表現になってしまい申し訳ないのだが、これは人間の狂気を描いた映画である。
戦争の善悪だの、殺人行為の善悪だのとは別の話だ。極限に達したとき、人間は人間を喰えるのか、というカニバリズムに対して正面から向き合った映画である。

太平洋戦争における南方戦線で、食人行為が行われていたという事実は、あまり分析研究されていないまま、戦後70年が経過してしまった。そこが日本の戦後のダメなところの一つなのであるが、話が大幅にずれてしまうので割愛する。この分野には詳しくないが、小説などを通じて表面的にこの行為を明らかにしているのは、この「野火」という作品のほかには、「ゆきゆきて神軍」くらいしか知らない。
ニューギニア戦線に於いては「友軍の死肉を喰うべからず」という公式命令すら発せられており、常習化していた疑いがある。南方から命からがら逃げかえった人たちの中には、食人行為を行っていた人も少なくなかっただろう。逆に言えば、そこまで生に固執したものだけが生き残ったのだ。当然のごとく、そんなことは秘匿された。それを訊き出す人も居なかった。それは、大きな失態と言わねばならない。決して人肉食をした人々に対する糾弾ではない。異常事態の中で人肉(しかも友軍の死肉)を食べざるを得なかったという事実と、その心理状態はもっと分析されるべきであった。そして、そのような異常行為を二度と起こさないための研究をすべきであった。だが、それらの生き証人たちも既に殆ど鬼籍に入ってしまっている。もはや事実を知るすべはない。
なお、「ひかりごけ」も戦争中の食人行為の話であるが、事情が大きく異なる。

ただ、小説「野火」における食人行為は、永松という兵隊の個人的狂気の中で行われ、彼を「人食い人種」と呼ぶことで収束していたように思った。勿論、田村もサルの肉と言われて人肉を喰ってしまうのだが、それは事故であって、食人行為を自ら正当化したわけではない。それ故に、最後は狂気の淵に立ってしまうのであるが、それも個人の内面的な問題として解決できるような作品として纏められていたように思う。この作品が世に出た当時としては、そのような結末にせざるを得なかったのかもしれない。

だが、この映画「野火」における食人行為はいかなるものであったか。中村達也演じる伍長が、「ニューギニアでは人肉を喰ってきた」と言ったり、死の直前、自分の腹を指さして、「俺が死んだら、ここ食っていいからな」などと言っている。すなわちそれは、単に個人的問題ではなく、日本軍全体が抱えていた問題という捉え方を意味する。それが事実であるかどうかは別として、そのような冗談が真実味を帯びて聞こえるほど、日本の軍隊は餓えて、狂っていたのだろう。

生では食えない芋、というよりも木の根を喰い、腹を壊す。現地民を殺して入手した塩で生き延びる田村。だが、一方で、人間はどんなに腹が減っても、最後の一本の芋と煙草を交換するんだよと嘯く安田がいる。この、安田の言動は多くアイロニカルであるが、人肉食と対をなす考え方で効果的だ。

永松は既に狂っており、狂人が人肉(このケースでは現地民を殺してその肉を喰っている)を喰うというのは、まだ理解できる。だが、安田は、サルの肉と言われたものが人肉であることを十分理解していたのではないか。その上で、平然と永松に「サル狩り」をさせ、その肉を手に入れていた節がある。そして、それを平然として食っている。この映画の中で、一番の狂気性を感じさせたのが、この安田という男の姿であった。そこに、どうしようもない恐ろしさを感じた。表面的なグロテスク描写よりも100倍恐ろしい姿であった。

強引に戦争という課題と絡めてみれば、この惨状は、補給という課題を蔑ろにした日本陸軍の失態であって、それは太平洋戦争を通じての日本軍全体の問題であった。精神論が優先し、現実論を欠いてしまうと、このような結果に陥る。そして、最終的には神風特攻という愚策に堕ちていく。
この映画を見て、強引に戦争というものを論じるなら、ただその一点のみだ。精神論、理想論を優先するなかれ。戦争に於いては徹底的に現実主義に拘れという事だ。こんな兵隊で勝てる戦争などない。補給を絶たれたら、その時点でアウトという事だ。それ以上戦争を続けることは無意味である。
そこが理解できるかどうかが、この映画を戦争映画として見た時の問題なのだが、この映画で、そのような見方をするのは全く正しくない。
だから、この映画は戦争映画ではないと言っているのだ。

話を元に戻そう。人肉食問題の話であった。

リリー・フランキー演じる安田を殺し、その死体に齧り付く永松。そして、永松に銃を向ける田村。「俺がお前を殺して喰うか、お前が俺を殺して喰うか。お前も俺を喰うに決まってる!」と叫んで、血で染まった舌を突き出す永松。戦慄のシーンであった。
米軍の機銃掃射で斃れていく日本兵のグロテスクな姿の描写よりも、人肉を喰った舌を突き出す永松の姿のほうが遥かに恐ろしかった。
このシーンはちょっとトラウマになる。
虐殺シーンの、手がもげたり、滝のように血が流れたり、脳漿が飛び散ったりするような過激でグロテスクな描写などより、永松の赤く長い舌のほうが遥かに戦慄を帯び、恐怖を感じずにはいられなかった。

この、永松役を演じた森優作という俳優さんは、これがデビュー作だそうである。凄い新人を見つけてきたものだ。

監督と主演は、「鉄男」の塚本晋也。私より一つ年上だったと思うが、田村一等兵役が妙に似合っていた。監督=主演だからこその理解力であろう。プレイング監督というスタイルには疑問を感じる映画も多いが、少なくともこの映画に関して言えば、正解だったというべきだろう。年齢を感じさせないのは、その特殊な環境下における兵隊の表現という部分で、有利に働いたのかもしれない。

昨今、「永遠のゼロ」を筆頭に、最低な国産戦争映画ばかりで辟易としていたのだが、まさかこんな作品が生まれようとは思いもしなかった。その点では、大絶賛できる作品と言ってもいい。
特に、戦争そのものについて、全く触れていない部分がいい。ここで戦争とは何たるやなどと語ってしまっては終わりだ。もはや、彼らは戦争などしていない。生き残ることしか考えていない。いや、それすらも考えていないのではないか。理性を捨て、本能だけで生き延びようとしているのではないか。その時、人は人を喰えるのか。そういう物語である。

しかし、非常に残念な映画でもあった。
出資者が集まらず、自主制作となったそうである。
そこが本当に残念である。
お金がないので、出来る限りの制約の中で作っていることが良く分かる。それが上手く作用した部分と、限界を感じずにはいられない部分があった。

お金が潤沢ではないので、主人公田村が只管ジャングルを彷徨うシーンに終始する。だが、それが逆に、孤独感と絶望感を盛り立てた。時折混ざる、フィリピンの大自然の描写が素晴らしい。戦争中であっても、大自然は揺るぎもしない美しさを見せる。その絶景を前にして、彼にはその美しさすら目に入らない。あるのは餓えだけだ。
ただ、デジタル修正して妙にコントラストが高く彩度を上げた撮影方法は如何なものか。折角の大自然、ナチュラルに表現しても良かったかな?
深読みすれば、田村の眼を通しての大自然は、すでにナチュラルには見られないフィルターが掛かっていたと言うべきなのかも。

それとは逆に、残念だったのがラストシーン。
捕らえられ、俘虜となってから日本に帰国してからの描写までが性急すぎた。性急すぎて、何が何だかよくわからない終わり方になってしまった。それまで徹底的に現実的な描写に終始していたのが、一転して観念的表現になってしまった。お金が回らなかったのだろうなあ。ここは、原作の中でも非常に重要なポイントなので、そこにお金を掛けられなかったという点が、本当に残念でならない。だから、帰国後の田村の奇妙な食事行動が十分に描ききれていなかった。
小説における「神」の存在も無視された。

そこは、予算が無い中で、敢えて切り捨てたと言うべきだろうか。何も映画は原作どおりに作る必要はない。

原作はずいぶん昔に読んだので、うろ覚えで申し訳ないのだが、大岡昇平はキリスト教的観念を持っており、この作品にも神の存在と、それに基づく人肉食に関する描写があったと思う。しかし、塚本はそれをほぼ切り捨てた。教会の中で現地人を殺すシーンでも、神との関連性は表現されていない。だが、宗教的解釈を嫌いがちな現代の日本社会においては、むしろそのほうが正解だったのかもしれない。

個人的には、グロテスクな殺戮の描写で、特殊効果に使った金を、ラストシーンの充実に回しても良かったんじゃないかと思ったりしたが、何たって「鉄男」の監督だからね。そこはね。
あのグロテスク描写には嫌悪感を感じた。勿論、殺戮の描写であるから、あのようなものであった可能性はある。しかし、視覚的なショッキング性を重視してしまうと、精神的なショックに対する感度が鈍る。あそこだけがクローズアップされ、頓珍漢な感想しか持ちえない観客も出てくるのではないか。そこがとても気になってしまった。この映画で語るべきことは、そこではないのだから。

語り過ぎなかったことで、最後に田村が食事の時に行う怪しげな動作が、余計に気違いじみて見えて、そこに何の説明も無いために、反って想像力を逞しくしたのは怪我の功名と言うべきなのかもしれないが、果たして観客にはどこまで理解出来ていただろうか。
実際に、このように書いている私にしたところで、ラストの違和感から原作の最後の章だけを読み直すという反則行為を犯したうえで、この文を書いているのだから。

だが、変にお金があったら、あそこで妻に何か語らせちゃったりして、とんでもない駄作に陥る可能性もあった。勿論、そんなことをする監督とは思えないが、お金がないが故に、削るだけ削ったというところがひしひしと感じられて、そこが痛々しくも、それをバネにして気力で作ったぞという感じがスクリーンから強烈に伝わってきた。

決して「良い」、とは言い難い部分もある(特にグロテスク描写に関して)のだが、見るべき映画であった。
一歩間違うと超駄作になる危険性をすり抜け、ストイックに作り上げた監督の感性を評価しておきたい。

この映画を見て、「こんな戦争は二度と起こしてはならない」と感じるのも一つの考え方なので、そこは否定しない。だが、そんなありきたりの感想だけでは勿体ないと思う。戦争を超越し、人間が極限に達したときの有り様を目の当たりにして、人間というものに怖れをなす。そこに思いを巡らせてほしいと思う。

***

見終わった後、超遅い昼飯。
それでも割と平気で肉とか食えちゃうんだからね。
牛肉って美味しいよね。
それが人間というものなのだろうか。
| 【映画・テレビ】 | 09:59 | comments(0)
サンダーバード ARE GO
NHKで始まった新作サンダーバードシリーズ、「サンダーバード ARE GO」を見た。
旧作と違い、CGを取り込んだ作品なのだが、キャラクター造形が旧作の操り人形を踏襲したデザインになっていて、さほど違和感がない、、、と思いきや。

中途半端に似ているという事が、これほどの違和感を煽る結果になるとは皮肉なものである。

突っ込んでいくとキリがないのだが、わたし的に気になった点をいくつか指摘しておこう。

根本的な問題は、構成とシナリオの悪さである。

まず、救助に対する姿勢が悪い。
人命救助第一でしょ?途中で発見したビーコン追っかけてるんじゃないよゴードン!!
全体的に軽いしなあ、軽いノリは似合わないんだよな。くっそ真面目な奴らが時々おどけるから妙な味が出るんであって、全編おちゃらけでは辟易とするだけだ。

軽さという意味では、危惧していたメカの重量感も、思った通りの軽さで残念であった。これはCGの最大欠点なんだけれども、旧作にあった、重さの表現というのが皆無。重さを表現できていない特撮は、悪いけど二流だ。

シナリオも良くない。
事故に至る過程が全く描かれていない。起承転結が無いんだよね。まず、ゲストのスーパーメカが出てきて、一通りその凄さを説明して、それが些細な(ここ重要)トラブルから大事故を引き起こして絶体絶命。通常の救助では役に立ちそうもない。そこで、国際救助隊に支援を求めて、満を持してサンダーバード登場ってのが基本シナリオなのであって、それをガン無視していきなり出てっちゃうのは如何なものか。

初回の海底探査メカは、スペース1999のイーグル1っぽい感じのデザインで、「おっ、デザイナー分ってるな、やるじゃん」てな感があったんだけど、あのメカが全くの脇役になってしまっていて残念。まずはあれで海底探査する所をじっくり見せないとダメでしょう?
ハラハラドキドキさせられて、サンダーバードが登場するも、一回失敗して(ここ重要)、時間が無くなって、最後のトライで何とかギリギリセーフで救助!というスリルがサンダーバード最大の魅力なんだから、そこを蔑ろにしてはいけない。

第2話の、台北の反射鏡のトラブルについても良く説明されていない。我々は旧作を見ているから、ああ、太陽反射鏡の話のリメイクだなと分かるんだけど、初見の子供たちは、なぜあれが問題なのかちゃんと理解できただろうか?そもそも、あの施設は何?それと、いきなりブレインズが説明しちゃダメでしょ?地震があって、反射鏡がずれて、職員がその問題を発見して、まずい!このままでは台北の町が燃え尽きてしまう。何とかしなければ!そうだ、サンダーバードを呼ぼう!ってのが基本なんだから、呼ばずに出てっちゃダメでしょ?

その点、3話めのペネロープ&パーカーによる宇宙機雷の停止キーワード探しの物語は良くできていた。オチも旧作っぽくて良かったね。この回の脚本はIan Carneyという人だが、残念ながら今のところ、この1話のみの参加。1、2話の脚本を書いたロブ・ホージーって人が全体構成を見てるみたいだけど、構成がダメで1、2話の脚本がダメって、全部お前の才能が無いせいじゃんかよ。イギリスの花田十輝だな(おっと失言)。

1、2話でゲンナリしたのだが、3話で少し持ち直した。これは、シナリオさえ良ければ名作になる。毎回違う脚本家のシナリオになるようなので、出来不出来がはっきり分かれる可能性があるけれども、少し期待が持てそうだ。

次に、個々のキャラクター設定が微妙にダメ。
特にペネロープがなあ。大富豪のお嬢様ですよ。あんな成金娘っぽい外見と言葉遣いじゃないのよ。黒柳徹子さん(旧作でペネロープの声を充てた)は偉大だったなあ。特に外見は、もう少しお姫様っぽくしてもらいたい。オードリー・ヘップバーンみたいな感じでなければ!
むっちゃくちゃカッコいいパーカーにも驚いたが、あれはあれで良い。が、もう少し執事っぽくすべきかな?

それと!料理の物凄く下手なおばあちゃん!!逆でしょ?!全然違う!!まあ、これは意図的なんだろうけどねえ。3話見た限りでは、パパが居ないのだけれど、これは何か新しい設定なのだろうか。

そして最大の違和感はBGM。高揚感まるでなし。オープニングこそ、旧作のメインテーマを今風にアレンジしなおしていたが、本編では旧BGMは全く使用されず、いかにもやっつけ的なBGMが流れていたが、やっぱりバリー・グレイの壮大な音楽をそのまま(演奏はもちろんやり直しでいいけど)使って欲しかったものだ。メカに合わせた音楽の使い方が全く出来ていない。
ヤマト2199がオリジナルBGMを使って成功したのを見習って欲しかったが、イギリスの作品に言っても仕方ないか。

メカについては、前述した「軽さ」がとても残念であるけれども、ミニチュアを併用したという特撮シーンは、良い部分も多々あった。1号と3号の発進シーンは良かったね。特に飛び立ってからの後追いで見上げる構図にはシビれた。いいシーンであった。
逆に2号はダメ。分かってねえよ、動きが早すぎるんだよ。カタパルトから発進するときは、一回少し浮き上がってから軽く沈んで、ゆっくりと滑るように飛び立たないとダメだよ。こちとら穴の開くまで旧作見てるんだぞ、そういうとこ、異常なくらいこだわれよ。(粘着質)

とまあ、不満タラタラなのであるが、本国では好評で全26話が放送予定。さらに第2シーズンも予定されているという。次回は9月の連休と、少し間が空くのだけれど、今から楽しみである。



| 【映画・テレビ】 | 10:33 | comments(2)
FURY
随分日記をサボってしまいました。実は、話題の戦争映画、FURYを見たんですが、これが凄い映画で、普段ならちゃちゃっと感想を書いちゃうんですが、なかなか感想が書けなかったのです。

ほぼ1週間かけて何とか書き上げました。思いっきりネタバレなので、これから見ようと思っているかたはスルーの方向で。

***

戦争映画である。第二次世界大戦の末期、ドイツが舞台。1945年4月という想定だから、ベルリン攻略直前という事になる。

ストーリーは単純明快。一歩間違えると超駄作になりかねないようなストーリー展開だ。簡単にあらすじを紹介しておく。

アフリカ戦線から戦ってきた歴戦の勇者「ウォーダディ」ことコリアー軍曹(ブラッド・ピット)率いる戦車「FURY」号。だが、副操縦士を失ってしまう。代わりに配属されたのが入隊8週間というド新兵のノーマン二等兵。
彼のミスで部隊長を失うことになってしまい、変わりにダディが戦車隊長として4両の戦車を率いていくことになる。
ドイツの小さな街を占領する任務を達成した彼らは、束の間の休息を得る。
ノーマン二等兵は、隠れていたドイツ娘と恋仲になるが、直後のドイツ軍の爆撃で彼女は死んでしまう。
次の任務の途中、ドイツのタイガー戦車と遭遇した部隊はFURY号を残して全て倒されてしまう。残ったFURY号は危機一髪、タイガー戦車を撃破。たった一両で任務遂行に向かう。
最後の任務は、ベルリン攻略を行う本体の後方支援だ。米軍補給基地をドイツ軍から守る任務である。その途中、地雷を踏んで立ち往生してしまうFURY。
斥候に出たノーマンは、300人のドイツ軍がやってくるのを発見する。動けないFURYと300人のドイツ軍では勝負は見えている。
逃げようという部下に対して、残って戦うというダディ。お前たちは逃げろ、というが、全員が残って最後の戦闘を行う。
300人のドイツ兵相手に八面六臂の大活躍であったが、遂に弾切れとなった。次々に狙撃され、ダディとノーマンを残すだけになってしまう。そのダディも銃撃を受け、もうこれ以上は戦えなくなった。
最後にダディはノーマンに向かって言う。「脱出ハッチから逃げろ」
戦闘は終わった。朝になり、ノーマンだけが生き残った。味方に救出され、任務は成功したことが分る。「お前は英雄だよ」と言われながら輸送車に乗り、ボロボロになったFURY号を振り返るノーマンの姿は、勝者の姿ではなかった。

***

歴戦の猛者どもの中に新米が入って騒動を起こす。ミスで部隊長を戦死させたりしてしまうが、ドイツの若い女と懇ろになったりして、一人だけいいとこ取り。最後の任務で隊長以下全員が死んでしまうが、この新米だけ運よくただ一人生き残る映画。

と、書いてしまうと身も蓋もないのだが、そういう話なんだから仕方ない。

じゃあ、駄作なの?
いやあ、そんなことはない。戦争映画の中では一、二を争う大傑作ですよこれは。

ストーリーはある意味ご都合主義だし、プロットも平凡。だが、それを補って余りあるのがセリフだ。この映画はセリフが物凄くいい。

この手のヒューマンドラマ的戦争映画にありがちな、何が善で何が悪だとか、何が正しくて何が間違っているなどという話は一切出てこない。そこが素晴らしい。
安っぽいヒューマニズムなど無い。殺すか殺されるかだ。ドイツ兵を殺すことに躊躇していたら自分が殺される。たとえ敵が子供でもドイツ兵なら殺さねばならない。そこに理由などないし、言い訳も必要ない。それだけの話だ。

ダディのドイツ兵に対する思いは深く強い。目の前にドイツ兵が通れば殴りかかる。生き残ったドイツ兵が家族の写真を見せ命乞いをするのに、ノーマンに射殺させようとする。ノーマンが抵抗すると、強引に引き金を弾かせ、無抵抗のドイツ兵を射殺する。(その後思いっきり頭を抱えて苦悩しているシーンがあるのだが、セリフは一切ない。だからその意味は分からない。)

最後に、ダディとノーマンだけが生き残ったとき、ノーマンが投降しようと言うと、ダディは諭すように言う。降伏したほうが拷問を受けて酷い死に方をするんだと。それは一見、ダディのドイツ兵に対する憎悪のようにも思えるが、我々は映画の途中で出てくる、街道に吊るされたドイツの民間人の事を思い出さざるを得ないだろう。彼らは、銃を持つことに抵抗し、首から「私は戦う事を拒否しました」というプラカードをぶら下げられて吊るし首になっているのだった。男だけでなく、若い女の死体もあり、さらし者になっているのだ。
そんなものを見てきたのだから、拷問されると思うのも道理というものだろうか。

セリフの中に訓話めいたものは一切ない。ただ、バイブルとあだ名された砲手(シャイア・ラブーフ)が引用する聖書の言葉が比喩的に語られるだけだ。

我々日本人には馴染みのない聖書の言葉なので、その意味を理解出来ている人は少ないだろう。私は学生時代、興味本位で聖書やら宗教本を読み漁った経験があるので、多少の知識はある。クリスチャンが感じるであろうこの映画への思いと、我々「ご都合的にファッションで宗教を使う」日本人が感じる思いとの差はいかばかりかと思う。
この映画は、そういった知識があると無いとで、見方が全然変わってくるのだ。

それは最後の攻防戦で顕著になる。

戦車が地雷を踏んで走行不能となる。味方は他に居ない。そんな中、300人のドイツ兵団が攻めてくる。普通は逃げるだろう。だが、ダディは逃げない。一人で戦おうとする。
「俺は戦いから逃げたことはない。今でも逃げようとは思わない。ここは俺のホームだ。だから捨ててはいけないのだ」と言う。
それは、任務遂行が最優先という意味ではなかった。
それに感じるものがあった新兵ノーマンが、自分も残るという。新兵に残られてはあとの3人も具合が悪い。
全員が戦うことを決意し、持ち場に着いた時、バイブルが言う。

『その時、私は主の声を聞いた。「誰を遣わすべきか。誰が我々に代わって行くだろうか。」 私は言った。「私がおります。私を遣わしてください。」』

それに応えて、ダディが言う。

「イザヤ書第6章第8節だな」

バイブルは一瞬驚き、そして笑う。
そうだ、あれほどドイツ兵を憎み殺してきたダディも、敬虔なクリスチャンだったのだ。

この一節はとても重い。そしてなるほどと思わせるものがあった。イザヤ書第6章第8節は、イザヤが預言者として致命的であったと感じていた時、主の恵みを経験し、その恵みによって預言者として任じられることになった重要な一節である。

キリスト教徒であることと、戦争をすることは全く異なることだ。人殺しはいけないことだが、戦争は違うのだ。主の恵みによって預言者となったイザヤ同様、彼らは兵士として自分の任務を遂行するのだ。では彼らの主は誰なのか。彼らに恵みをもたらしたものは誰なのか。

ここは、解釈を間違うととんでもない事になる。私自身、ここをどう解釈すべきか、未だに悩んでいる。だから、米国では賛否両論の映画なのだという。残念ながら、このニュアンスは日本で生まれ育ち、キリスト教を身に着けてない日本人には分りそうもない。

最後に、ダディへの痛烈な皮肉とも思えるシーンがある。
脱出口から逃げ延びたノーマンは、戦車の真下の地面に隠れる。だが、その姿を若いドイツ兵が懐中電灯で照らしてしまった。ノーマンは恐怖に震えながら両手を挙げる。だが、そのドイツ兵はそのまま立ち去ってしまう。このシーン、若いドイツ兵が見逃してくれたのか、それともよく見えなかったのかは分らない。
ノーマンは、若いドイツ兵を見逃したことで味方を敵に殺されることになってしまった。だが、自らは似たような年恰好の若いドイツ兵から見逃して貰う事で生き延びられたのだ。何という皮肉だろうか。

この後、おそらく連合軍はベルリンに突入し、戦争は終結する。アメリカ軍は勝ったのだ。だが、全然勝った気がしない。こういう映画を作れるアメリカの凄さをまざまざと見せつけられてしまった。

全編、セリフが凄いので、見ていて全く気が抜けないのだが、いかにもお調子者で下品なヤンキー兵「クーンアス」を演じたジョン・バーンサルには救われた。彼の下品な行動とセリフは、緊張の中に笑いと安堵をもたらしてくれた。でも、一番最初に死んじゃうんだよな。

とまあ、重たい映画なのだが、何度でも見直したいと思う映画である。近年の映画の中でも最高傑作と言っていいだろう。特に脚本が素晴らしい。アカデミー賞候補の噂も出ているが、是非とも脚本賞を与えたい作品だ。

最後にひとつだけ補足。FURY とは、激怒するという意味だ。復讐の女神、怒り狂う女なんて意味もある。我らのFURYは、何に激怒していたのだろうか?

 
| 【映画・テレビ】 | 22:02 | comments(0)
ゼロ・グラビティ
スペースシャトルでの作業中に、宇宙ゴミ(壊れた衛星の破片)が大量に押し寄せ、スペースシャトルが破壊されてしまう。船外活動を行っていた3人のうち一人は即死。残る2人は無事地球に戻れるのか?

という映画をレンタルビデオで借りて見た。(以下、ネタバレ多数注意)

ジョージ・クルーニー扮するコワルスキー船長と、サンドラ・ブロック扮するストーン博士が生き残るのだが、最終的にはストーン博士だけになる。以下、サンドラ・ブロックの一人芝居。

というか、クレジットされてる俳優はこの2人だけ。即死したシャリフ飛行士も声だけで、俳優が演じている部分はない。サンドラ・ブロックの圧倒的な一人芝居なわけだが、出世作、「スピード」で、暴走バスを無理やり運転させられる役だったのを思い出した。

ちょっと引っかかったのは、ソユーズも中国の宇宙ステーションもインディ・ジョーンズ的な無敵っぷりで、、いとも簡単に操縦しちゃったことで、痛快ではあったが、ご都合主義的な流れはちょっと頂けなかったかな。

それにしても、90分の映画だが、あっという間だった。

ところで、宇宙技術開発株式会社という所が、「映画ゼロ・グラビティについて」という専門家から見たツッコミを書いているんだが、これがまた面白い。

http://www.sed.co.jp/tokusyu/gravity.html

このサイトの秀逸なところは、けなすだけじゃなくて褒めてもいるという点。最近の映画批評は貶すばっかりで、褒めるにしても感動したとか面白かったとか、どうでもいい単語しか並んでいないところが多いのだが、ここは違うので、ゼロ・グラビティ見た人にはお勧めしておく。

特に、スペースシャトルは宇宙では進行方向にお尻を向けて飛ぶのが正しいとか、目からウロコ的な知識が書かれていて、これを読んでからもう一度映画を見ると、さらに楽しめること請け合い。

ただ、ここでも指摘されているが、ラストで着水後にハッチを開けてしまったのは少々頂けなかった。少し泳いだだけで浅瀬に着いてしまうのも、ご都合主義的すぎた。同じご都合主義でも、すぐにレスキューが到着して助け出されるようにしたほうが実感的だったと思うのだが、この映画はサンドラ・ブロックが「一人で」帰還しないと意味が無いんだね。そのあたりも映画的な終わり方である。

公開時は3D上映もされたようだが、2Dで十分楽しめた。大きなスクリーンの必要もないと思った。それだけ良くできた映画なので、3Dなどによるこけおどしは逆効果になるような気もする。何でも3Dにすりゃいいってもんじゃないんだよね。



 
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| 【映画・テレビ】 | 18:17 | comments(2)
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