私の3月11日(その4)
東北関東大震災(NHK標記に従う)の当日の私の行動を記録したものです。
まとめて読まれるかたは、こちらからどうぞ。
http://www.jumbow.main.jp/?cid=55385
【歩けない!】
マクドナルドで30分くらい休憩を取り、トイレで用を足して再出発。ところが、一旦休んだせいか、足が笑ってしまってまともに歩けない。正座して足が痺れたような感じである。よたよたしながら歩きはじめるのだが、なかなか前に進まない。ペンギンのような歩き方になってしまい、その姿を客観的に想像したらとてつもなく可笑しくなってしまった。地震後、笑ったのはこのときが初めてかも。痺れた感じは10分くらいで無くなったが、足の裏の痛みが増してきた。マメが出来たら一巻の終わりである。足の裏を労わりつつガードレールに腰掛けて休憩を取りながら歩く。ペースは極端に落ちた。緊急避難所を探したほうが良いかもしれないと、このとき初めて思う。
【連絡はtwitterで】
さて、今回地震に遭遇してから家まで歩いて帰ることを決めてから、携帯電話、メール、twitterという3つの手段を使って家と連絡を取ったのだが、結果的にtwitterが一番役に立った。まず、電話は全然繋がらない。電話できたのは地震直後の1回だけで、あとは全て通話規制。メールも送信できるんだが返信が無い。帰宅して妻に聞いたところ、発信規制が掛かっていたそうである。これでは使い物にならんね。結局、タイムリーな情報を伝達しあう手段としては、twitterが一番役に立った。妻がtwitterを始めたのは数週間前だったから、まさにナイスタイミングだったと言えるだろう。
【西武線再開!】
10時半くらいに西武線再開の報を正式に聞く。しかし、こちらもあと7キロ少し。今更電車に乗るのは無意味だ。待っても良かったかなあ?と思う事もあったが、歩いても帰りつける結果が欲しかった。一度歩いて帰ることが出来てしまえば、再びこのような事になっても対処のしかたに幅が出来る。その意味でも、何とか家まで歩き続けようと重いながら先を急いだ。11時過ぎ、国立市に入る。ここまで来れば知った道のりだ。あともう少し。
【仙台から無事の報告】
twitterで仲間と繋がっているとかなり気分が楽になった。こういう情報伝達の仕方が災害時にこんなに役に立つとは思わなかった。一方でネガティブな発信をしまくる人もいて、こういう時に人間性が出ちゃうんだなあと思った。ネガティブだけでなく、無神経な人も居る。フォローを切ることも考えたが、ネガティブな意見を敢えて目にすることで、そうなるまいと自分を戒めようと思った。そんな中、心配していた仙台の友人からツィートが。無事を確認してほっとする。こっちも頑張らなくちゃ。被災地から、逆に勇気を貰った感じがした。
【距離計算の間違いに気づく】
日野橋を通過したのが11時40分。家までの距離計算を間違えていて、あと3キロだと思ったらあと5キロだった。ここで少し萎える。毎時5キロペースで歩いていたが、流石にそれは維持できない。立川駅に近づいたあたりで、役所の人らしき係員が避難所への誘導を行っていた。ご苦労様なことだ。JRが動いていないので、立川で足止めを食った人も多いようだ。タクシー待ちらしき人が行列している。寒くなってきたので待つのも辛そうだ。ここからは健康のために時々歩いているので、道も分るし距離感も分る。ここまで着いて、ようやく帰ってきたという実感が湧く。自販機で最後の水補給。レモン水を買ったのだが、この一口目が何よりも美味かった。
【最後の3キロが・・・】
家に電話してみると、ようやく繋がった。妻に現在位置を知らせ、風呂の準備をして貰う。帰ったらまず風呂だ。だが、最後の3キロが遠かった。足の裏が痛くてスローペースな上に、いつも歩いている道なので、あとどれくらいかが分るため、逆に残りの道筋を考えてうんざりしてしまった。しかも、普段なら最寄り駅に自転車を置いてあるんだが、今日に限って歩きで駅まで来てしまった。最後まで歩き通さなくてはならない。
青梅線沿いを歩いていくと、中央線の連絡線の上の中途半端な位置に車輌が停まっていた。おそらく地震で停車して、そのまま動けなくなってしまったんだろう。乗っていた乗客は歩いて避難したんだろうか。12時半に最寄り駅通過。普段なら歩いて15分だが、今回は倍の時間が掛かってしまった。
【やっとゴール!!】
3月12日、午前1時3分。やっと家に辿り着く。家のドアを開け、報告のtweetをしていたら妻に「ツイッターが先?」と笑われた。いや、そういうわけじゃないんだが、応援してくれていた人が多かったからね。風呂に入って疲れを取る。足はパンパンに張って、足の裏は硬くなっていた。16時に神田を出発して丁度9時間。距離にして奇しくもフル・マラソンとほぼ同じ43キロ。歩数7万2千歩の行程であった。
風呂から上がり、twitterで最後の挨拶をして就寝。ドロドロに疲れているのにも関わらず、全然寝付けなかった。翌日はお昼過ぎまで寝る。足の痛みはその後3日間ほど続いたが、今は正常に戻っている。もう一度歩けと言われても歩けますよ!
【最後に】
今回、40キロ強を歩いて帰ろうと思ったのは、このような時に自分がどこまで歩けるかを試してみたかったという思いがあったからだ。結果論から言えば、20キロ程度であればいつでも歩ける。だが、革靴だと30キロが限界だと思う。震災という特別な状況だったから40キロ歩けたが、これだけの道のりを歩くのであれば、運動靴やジョギングシューズにすべきである。サラリーマンの人で、歩いて帰ろうと思う人は、災害用として会社に運動靴を置いておくと良いかもしれない。
ここまで歩けたので、次に似たような状況になったとしても、どこまで歩くか、どうするかの判断に幅が出来た。もちろん、どんどん年を取っていくのでいつまでも今回のように歩けるとは限らないのだが、いざというときには40キロくらい歩けるという自信がついたのは大きい。逆に言えば、普段からなるべく歩くようにして、今の体力を出来るだけ落とさないようにする必要があるとも思った。
全ての人に、歩いて帰れとは勧めない。逆効果の場合もあるからだ。しかも、都心部での歩きはかなり危険を伴う。ビルに沿って歩けば、割れたガラスの落下がある。道路を歩けば危険走行する車に撥ねられかねない。特に車は怖かった。トイレや食料・水の補給の問題もある。だが、少なくとも車で移動するよりは安全だ。一番なのは避難所に身を寄せ、交通手段が回復するのを待つことだが、九段会館のように屋根が崩落する危険性などもある。その時その時の状況を把握して、最善の方法を取るべきだと思う。
−おわり−
最後になりましたが、歩いて帰る間、常に励ましてくれた妻を筆頭に、twitterで応援してくれた全ての友人に感謝の意を表しておきます。ありがとうございました。
私の3月11日(その3)
東北関東大震災(NHK標記に従う)の当日の私の行動を記録したものです。
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【甲州街道上りが大渋滞】
調布を過ぎたあたりから、足の裏が痛くなってきた。流石に革靴で20キロ以上歩いているのだからかなり無謀である。足にマメが出来たらアウトだ。適宜休憩を取りながら歩き続けることにする。もしきつくなったら避難所に行こうという事で、府中方面の避難所の情報収集を開始。
ところで、府中を過ぎても甲州街道「上り」の渋滞が途切れる様子がない。流石に下り方面は空いてきたのだが、上りは全く動かない状態だ。ナンバープレートを見ると、品川とか足立なんていうナンバーも見かけるが、大多数が多摩、八王子ナンバーであった。何故多摩ナンバーが「上り」を走っているのか?おそらく、帰れなくなった家族を車で迎えに行くのだろう。気持ちは分るが、どう考えても、今日中に現場に到着出来るとは思えなかった。「行っても無駄だよ」と言ってあげようと思ったが、それこそ「言っても無駄」なんだろうなあ。地震の時、車で移動すべきではない。これは身をもって体験した事実である。
【コンビニが空っぽ】
9時17分、味の素スタジアムを通過。確かこの付近が、東京オリンピックのマラソン折り返し地点だったはずである。マラソンって凄いよなあ、と思ってしまった。友達のツィートを見ていたら「ラーメン食いてー!」と書いてあったので、思わず「俺もー!」と反応。さすがにおにぎり1個と板チョコでは辛い。急激に腹が減ってきた。一番近くのコンビニに入ってみるが、おにぎりはもちろん、パン、サンドイッチ、お菓子の類が全くない。とりあえずトイレに入って、暖かいミルクコーヒーだけ買って先を急いだ。棚ががらんとしたコンビニって何だか恐慌感を煽るね。買占めなんかが起きちゃうのも、棚に何もないせいかもしれない。そういえば、味スタの横にファミレスがあったなあ、と思ったが、時すでに遅し。
【京王線動く?】
東府中に着いたのは10時ちょっと前くらい。実は20年ちょっと前、渋谷で飲みすぎて終電が無くなったときに、渋谷から当時住んでいた拝島まで歩いたことがあったんだが、今回と同じく甲州街道を歩き、東府中で始発が動き始めたので、京王線に乗って帰ったのだった。その時の記憶を思い出し、東府中駅のほうを見てみると、何だか踏切が鳴っているような気がする。動いたか!と思ったが、既に時遅し。東府中から乗って高幡不動まで行ったとしても、歩く距離はここから家までと大差ない。だったらこのまま歩いたほうが良いだろうと判断した。実際には、動き出したのはもう少し後だったという、あの踏切の遮断機の点滅は何だったんだろうか?保線車輌の通過だったのかもしれない。
【マクドナルドで休憩】
府中に近づくと、マクドナルドの看板が目に入った。腹も空いたので、ここに入ることにする。席は殆んど埋まっており、漸く1席分だけ確保できた。レジに並び、ハンバーガーとコーラを買う。精神的ストレスが凄いので、コーヒーは胃に悪いと思い敬遠した。コーラなんて、10数年ぶりに飲むんじゃないだろうか。炭酸が喉にすっきりして気分が甦る。
少し落ち着いて周囲を見渡すと、地震難民風のサラリーマンが半分くらい。あとは学生風の人たちなんだが、彼らから全く危機感を感じない。私の左隣のデブはビッグマックのセットを食べながらマンガを読んでいるし、右隣の人はヘッドフォンをしながら何やら試験勉強をしている。あのー、君たち、地震あったの知ってる?
何だか急に力が抜けてしまった。残すところあと8キロちょっと。今日中に家に辿り着けるかどうかギリギリのラインである。再びtwitterにアクセス。仲間から激励を受けて少し気力が戻ってきた。さて、もうひと頑張りだ。
−つづく−
私の3月11日(その2)
東日本大震災(正式名称はまだ?)の当日の私の行動を記録したものです。
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【どの街道筋を行くべきか?】
さて、17時半ごろ新宿を通過中。大ガード近くのヤマダ電機のモニターには大きくNHKニュースが流されている。これを横目で眺めつつ、JR新宿駅に向かった。タイミングよくJRの案内があり、本日中の復旧は困難になったとの事。さて、それではどうするか?
選択肢は3つ、1)青梅街道を行き、五日市街道に抜ける。2)甲州街道を行き、新奥多摩街道に抜ける。3)思い出横丁に行き、JR開通を待つ。(笑) 3)に、もんんんのすごく心惹かれる部分はあったのだが、1人じゃ間が持たない。そこで選択肢は1)か2)に絞られた(当たり前だ)。青梅街道ルートが距離的には一番早い。しかし、沿線の鉄道がもうひとつ。荻窪までは丸の内線に沿っているが、荻窪に出てもあまり意味がない。そこから、五日市街道に入ってしまうと、西武線、中央線、どちらにも微妙に遠い位置となってしまい、鉄道開通後のメリットがなくなる。一方、甲州街道を行けば、府中まではほぼ京王線に沿って走るため、京王線の復旧さえ早ければ、高幡不動まで行って、あとは歩くという方法がある。そこで、甲州街道沿いを歩いて、行けるところまで行ってみることにした。
この決定のため新宿駅で悩んだのと、新宿駅近辺の混雑で、新宿駅を通過するのに30分ほど掛かってしまう。途中、都庁の脇を抜けたので、何にもしない都庁(石原都知事)めがけて、洟をかんだちり紙を投げつける。18時近くなり、だんだんあたりが暗くなって来る。だが、周囲に人がたくさん居るのであまり不安感はない。むしろ、渋滞しまくりの道路の方が不安。結局、新宿到着までに、靖国通りでは3台のバスを抜いた。甲州街道も全然動いていない。最初は下り方面だけだと思っていたが、上り方面にも結構車が居る。完全に交通マヒ状態。車で移動するのはやめたほうがいいのにな、と思う。
【自家用車は狂気(凶器)だ!】
新国立劇場を通過。この先に「加賀」という立ち食いそばの美味い店があるんだが、素通りしてしまった。今思えば、あそこで軽く食べておいても良かったような気もする。twitterで情報を得ながら歩いていたら、電池が少なくなってきた。電池節約モードにするため、twitterの通信を一度辞め、電源を切る。18時過ぎ、腹が減ってきたのでおにぎりを食べる。もう少し補給しておこうと思ってコンビニに入ったが、既に何もない状態。ポテチなどのスナックは喉が渇くし食べにくいので辞めることにした。携帯電話用の使い捨て充電池があったので、これを購入。以後、携帯は1時間に1回、電源を入れて状況確認と、家への電話をするに留めた。
甲州街道を歩いていて感じたのは、運転手が物凄くイラついている人が多かったという事だ。交差点ではクラクションを鳴らしまくる。横断者が居るのに強引に曲がろうとする。急発進、急停止の繰り返し。とてつもない混雑で苛々しているのは分かるが、だからといって無謀運転していいという話にはならない。それよりも、地震が起きているというのに自家用車で出かける神経を疑ってしまった。自己中心的な人のせいで、交通マヒが起こり、その結果緊急自動車などが通れなくなっているとしたら言語道断である。私も、何度かバスを待とうかと思ったが、あまりの渋滞っぷりに諦めた。どうせ来ても乗れないんだろうし。それなら歩いちゃえ。もう、この頃には家まで歩く覚悟は出来ていた。
【荒川線が最初に復旧】
19時ちょっと前、明大前を通過。京王線、井の頭線とも全く動く気配なし。その時、都営荒川線が復旧したという情報が入る。さすがは荒川線。こういう時はむしろ都電のような電車のほうが有利なんだろうなあ。路面電車の有効性をもう一度見直す時が来ているのかもしれない。バスも全くアテにならなかった。元々、京王線に沿って甲州街道を走るバスの本数は少なく、むしろ京王と中央線を結ぶ南北方向に走るバスのほうが多いのだ。その上、大渋滞ときてはバスを待っていても仕方ない。
調布まで11キロの標識を通過。こういう、ひとつの目標が出来ると足取りも軽くなる。ここまで一緒に歩いている人たちは、一様に「ダラダラ歩き」なのだが、こういう時ダラダラ歩いていると反って体力を失う。今回歩き通してみて、体力のあるうちには多少前傾姿勢をとり、手を直角に曲げて振りながら早めに歩くのが、一番体力消耗が少なく、短時間に距離が稼げた。要するに競歩みたいな歩き方である。だらだら歩きは、まず腰に来て、その後足に来る。そして全く距離が稼げない。
20時半、携帯の電源を入れると、タイミングを計っていたかのように母から電話があった。やはり詩吟の稽古に出かけていたようである。茅ヶ崎の会場から藤沢までバスを乗り継いできたが、小田急線が動いていないらしい。電車の中で座っていられるのであれば、中で待っていたほうがいいとアドバイス。ついでに父に報告しようとしたが、今度は電話に出ない。5回くらい掛けなおして漸く出た。母の無事を報告して一安心。
【自転車も、そんなに良くない】
21時、何とか調布を通過。1時間5キロ程度のペースで歩いている。だが、この頃になってかなり足が辛くなってきた。革靴なので足の裏が痛む。自転車屋があったら、自転車でも買うかなあ、という気持ちになった。しかし、自転車も結構危ない。特に歩道を逆走する自転車は物凄く邪魔だった。中には、狭い道を通過するのに、人が通り過ぎるまで歩道の端で自転車を停めて待ってくれる人も居た。そういう人には「ありがとう」と声を掛けてすれ違う。だが、傍若無人に、ベルも鳴らさず、人を掻き分けて行く自転車も少なくなかった。そういう自転車に乗っていたのは若い人とサラリーマンが多かった。待ってくれた人はおじいさんと主婦っぽい人。何十人も自転車の人とすれ違ったが、待ってくれたのはその2人だけ。だが、果たして逆の立場だったら、私も待つことが出来ただろうか。
−つづく−
更新再開。私の3月11日。(その1)
地震の影響で、日記の更新を中止していましたが、今日から再開します。仕事は復活方向に向かっていますが、クライアントとの打ち合わせが出来ない状態が続いており、「わたくしのおしごとが少ない」状態になってしまいましたので、この時間を利用して日記を書いていこうと思います。twitterばかり見ていても不安は募るばかりだし、何か前向きな事をやろうという事です。また、当分の間は、今までより積極的に書いていこうと思います。どうしても地震ネタが多くなっちゃうんだろうなあ、とは思いますが、出来るだけ色々な話題を書いていきますので、皆さんの暇つぶしにでもなれば幸いです。絶対に、読んで下さるかたに、不安を煽るような話は書かないのでご安心下さい。まだ振り返るにはちょっと早いけど、忘れてしまう前に、まずは今回の大地震当日の、私の行動の全てを書いておこうと思います。
【地震発生】
3月11日14時半ごろ、オフィスの自席で仕事中に地震発生。最初は縦揺れだったが、そのうち横揺れに。はじめは自席背後のスチールキャビネットに手をついて揺れに対応していたが、横揺れになり、立っているのが難しくなってきた。その時、誰かが「壁から離れて!!」と叫んだので、咄嗟に隣の席の机の下に潜り込む。誰だか分からなかったけど、あの声のおかげで私は命拾いした。横揺れは円運動となり、かなり長い時間続いた。漸く揺れが収まり、机の下から出ようとしたが出られない。通路の机の上に置いてあったレーザープリンタが落下して、出口を塞いでいるのだった。実は、足が全部机の中に入っておらず、あと10センチずれていたら足を直撃していただろう。
※現場の写真を掲載しようと思いましたが、結構凄いので辞めておきます。
プリンタを避けてもらい、ようやく机の下から這い出して、自席を見て絶句。後ろにあったスチールキャビネットが倒れて、私と、隣の島のリーダーの席が完全に押しつぶされていた。隣の島のリーダーは外出していたので事無きを得た。私も無事。点呼を行い、当日フロア内に居た社員全員の無事を確認。書類やCDが散乱し、パソコンも机から落下しているもの多数。途方に暮れていると、総務部長がやってきた。総務部長の居るフロアは5階。我々は8階である。5階は揺れたが、さほど被害は無かった模様。だから、8階の惨状を見て総務部長も絶句していた。9階、10階はもっと凄かったようである。幸い、どのフロアでも怪我人は出なかった。
ビル退去命令が出たので、近くの小学校のグラウンドへ。白いヘルメットを被った人たちを見かける。そういう地震対策をやってる企業と、そうでない企業の差が出るね。もちろん、ウチはそんなことやってません。耐震対策をちゃんとやっていたら、キャビネットが倒れたりしませんよ。まあ、これは落ち着いたら対策を講じさせよう。避難中にかなり強い余震。ビルを見上げると、確かに揺れているのが目視で確認できる。こりゃ、凄いなあ。
【家族に連絡】
地震直後に、携帯電話で家に電話をする。こっちが動転していたのだが、家のほうはそれほど酷い揺れではなかったようだ。義母も無事。特に大被害は無い模様。模型塗装用のビンが落ちたくらいだよ、と妻が報告してくれたので一安心。続いて実家に電話をしてみる。父は今年90歳で、かなり耳が遠くなっており、なかなか電話に出ないのが困ってしまうのだが、一発で出た。本が数冊落ちたくらいで大丈夫だと言う。「お母さんは?」と聴いたら、「お母さん、今日はどこ行ったかなあ?」と暢気な答えが返ってきて苦笑。母は詩吟の師範なので、週3日くらいはカルチャーセンターなどで詩吟教室を開いているのだが、今日もその日だったらしい。携帯電話に電話してみるが、既に発信規制か着信規制がかかり始めていて繋がらない。メールを送って返信を待つ。妹夫婦は東村山に住んでいるのだが、そこにも繋がらなかった。念のためと思い、もう一度自宅に電話してみたが、もう繋がらなくなってしまった。
【新宿まで歩こう】
1時間ほど避難所で待機して、ビルの安全が確認できたので、荷物を取りに戻る。そのまま帰宅命令を全員に通達。さて、私はどうしようか。JR神田駅まで行ったが、当然電車は動いていない。同僚は、どうせすぐには帰れそうも無いから、呑み屋が開くのを会社で待つと言って会社に戻っていった。それも一計ではある。しかし、宿は取れそうにないし、会社に泊まる気にもなれない。自分の席が埋まっていて、何も出来ないし。そこで、まずは新宿駅まで歩いていこうと考えた。神田から、家のある昭島まで帰るにはJRを使うしかないが、新宿に出れば、京王線で高幡不動、西武線で西武立川あたりまで行ければ何とかなる。どちらも動いていないが、JRの復旧よりは早かろう、という判断である。
意を決して歩き始める。神田駅出発16時。さて、家までどれくらい掛かるかな?4時なので特に腹が減っているという事もなかったのだが、念のために、近くのコンビニでおにぎり、チョコレート、お茶を購入。この判断は正しかったことが後で証明される。歩いていくにつれ、私同様、歩いて帰る人が段々増えてきた。神田駅から美土代町、司町を抜けて白山通りまで行き、そこを右折して神保町交差点で靖国通りに出る。そこからはずっと靖国通りだ。靖国通りには都営新宿線が平行して走っているので、動くようだったら乗ろうという算段である。また、途中で市ヶ谷駅を渡るので、JRの状況もつかめる。歩いていて感じた事は、結構道を知らない人が多いようだった。おまわりさんに聞く人、地図を眺めながら歩く人などが少なくない。
九段下の交差点には消防車が大集結していた。火事でもあったのだろうか?予防措置かな?左手に武道館、右手に靖国神社を見ながら歩き続けていると、反対側から野球観戦帰りと思しき一団が現れた。神宮球場から歩いて来たのかね?後で調べてみたら、JABAスポニチ大会の決勝戦だったようである。携帯にはワンセグが着いていないので情報が入ってこない。インターネットでは不十分。次に買う時はワンセグ付きにしておこう。あと、ラジオも付けとくとモアベターよ(携帯電話メーカーの企画の人へ)。市ヶ谷駅に着くが、駅はテープを張ってロックアウト状態。途中の地下鉄も同様だった。駅員がスピーカーを持って、新宿方面、御茶ノ水方面への歩き方を通知している。かなりの混雑だったが、これをすり抜けてさらに進む。市ヶ谷駐屯地を抜けて、曙橋に出る。もうすぐ新宿だ。
17:23新宿の厚生年金会館前を通過。この時点で1時間20分。万歩計を持っていた事に気づく。1万8千歩くらいだったが、それまで8千歩くらい歩いている計算だったので、丁度1万歩くらいかな。ここまでは極めて順調だった。
−つづく−
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