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「1984年のUWF」と、「証言UWF最後の真実」(その1)
今年はじめに刊行されて物議を醸した「1984年のUWF」。
そして、最近刊行された「証言UWF 最後の真実」。
この2冊を続けて読んでみました。

例によって、書き出したら長くなりすぎたので2回に分けます。まずは、「1984年のUWF」の話。

1984年のUWFは、プロレス本では著名な柳澤健氏の「ノンフィクション小説」。
ドキュメンタリータッチの小説であって、これは、ある一方からの視点のみで語られたUWFの話ですが、多くのプロレスファンの反感を買ってしまいました。

あまりにも佐山聡と、週刊プロレス編集長のターザン山本の視線オンリーで書かれ過ぎていて、前田視線は殆ど無し、UWFやプロレスへの愛情が感じられない、事実誤認や作為的なウソが多いという事で、検証派から徹底的にコキ下ろされた本です。

今回、改めて読んでみて、ああ、これは「ノンフィクション小説」だと思いました。ドキュメンタリーではなく、あくまでも小説です。ノンフィクション小説には、作者の思い込みが入ります。その分だけ、事実とは乖離するわけですが、作者の主義主張が一貫している必要があります。柳澤氏は、それを佐山視点に求めた、というだけの話でしょう。従って、佐山を正義としてすべてが語られて行きます。

プロレス好き、プロレスファンとしては面白くない本です。しかし、小説として見たときに、筋が通っているし、読みやすいし、細かい部分が補完されて、私はとても面白く読み進めることが出来ました。

全ては第一章で語られています。(以下、ネタバレ注意)

中井くんという少年の物語。

彼はプロレスラーになりたくて、当時流行していたUWFスタイルにヒントを得たシューティングの同好会を始めます。高校生になり、アマチュアレスリングを始めますが、壁にぶち当たり、一旦はプロレスラーになる夢を諦めます。
北海道大学に入り、七帝柔道に憧れ柔道部に入部し、頭角を現していくのですが、この頃、新日本との提携が切れたUWFが第二次UWFとして旗揚げします。

8月13日の興行で行われた、高田延彦対船木優治戦。
開始早々、船木の掌打が見事に決まり、高田はノックダウン。
しかし、レフェリーは船木の勝ちを宣言しません。
モヤモヤと怒号の中で試合は再開され、高田が船木をキャメルクラッチでギブアップに取り、勝利を得ます。

その時、格闘技を学んでいた中井くんは、UWFも所詮、プロレスに過ぎないという事に気づいてしまうのです。そして、プロレスへの思いを断ち切ることになりました。

中井祐樹。スーパータイガージムへ入門し、ジェラルド・ゴルドーやヒクソン・グレイシーなどとも対戦し、日本修斗協会会長になった男です。

この試合は、私にとっても重要な一戦でした。

今でこそ、UWFはプロレスだったと、したり顔で言うプロレスファンが多いのですが、少なくとも佐山主導でシューティングルールが作られ、実践されていた第一次UWFの時、そのような思いを持ってUWFを観戦していた客はいなかったはずです。
私も例に漏れず第一次UWFに熱中し、足しげく後楽園ホールに通ったクチです。その試合中、観客は熱狂し、関節技が決まると、興奮して「折れ!折れ!」などの非常に危険極まりない声援が飛んだ、殺伐とした会場でした。

それは、プロレスなんて八百長、勝敗は最初から決まってる、インチキなどと蔑まされていたプロレスファンの前に提示された、ホンモノの格闘技でした。そこに八百長や暗黙の了解を感じていた人は一人もいなかったはずです。

テレビ局が付かず、佐山と他のメンバーとの確執などもあって、第一次UWFはわずか2年で崩壊し、残党は新日本プロレスに合流します。しかし、そこでもUWFスタイルを貫き、猪木−藤原戦、前田−ニールセン戦、前田−アンドレ戦など数々の名勝負、遺恨試合を生み、前田は新格闘王の名を得ます。そして、対長州戦でのアクシデントから袂を分かち、新生UWFを旗揚げするに至りました。

この時期まで、UWF信者(ファンではなく信者と呼ばれた。ターザン山本お得意の言葉の翻弄)は、UWFこそ真の格闘技。UWFはプロレスではないと思い込んでいたと思います。

そして、その新生UWFが軌道に乗りかけたとき、前述の高田VS船木戦が行われたのでした。

誰が見てもプロレス。あれでUWFに愛想を尽かした人も多かったと思います。試合終了後、うずくまる船木に前田が諭すように声を掛けているシーンが印象的でした。その後、船木は前田と袂を分かち、藤原組からパンクラス結成という流れになっていくわけです。

当時の私は、流石にUWFが全くプロレスではないとは思っていませんでしたが、流石にあの試合だけは幻滅でした。あそこで船木が勝ってこそのUWFじゃあないのか。例えそれがアクシデントだったとしても、船木に勝たせるべきでした。あの試合から、徐々に不協和音が鳴り出したように思います。

本の話に戻りましょう。柳澤本は、さらにUWFの一面について、ダッチ・マンテルの証言などを引き合いに出して、前田をコキ下ろしていきます。このくだりは、前田ファンには面白くない本だろうなあ、と思います。

ただ、リアルタイムで前田を見てきた私には良く分かります。IWGP参加で凱旋帰国してきた当時の前田は弱かった。やられ役でした。良い体格なのに決められない。まあ、そういうシナリオがあったという事なんですが、負け方がちょっと頂けない。もう少し何とかならんのか、という思いがありました。

UWF旗揚げのダッチ・マンテル戦も生で見たわけですが、前田は試合運びが下手でしたね。だからヤジも多かったです。まだまだメインを張れるレベルではありませんでした。最後のニールキックは間違って顎に入っちゃったという感じです。だからこそ、高田VS船木戦で、前田はアクシデントでの勝利を許さなかったのです。自分が犯した間違いを、弟子にさせてはいけないという思いでしょう。

しかし、それは間違っていたのです。あそこでダッチ・マンテルを見事に破ったニールキックこそ、我々が求め、育てた新しいプロレスの姿の嚆矢だったわけですから。

それ以後、佐山主導でUWF公式ルールが出来るまでのUWFは、手探りの中途半端な試合が多く行われました。主として絡み合っていなかったのはザ・タイガーとして復帰した佐山聡。UWF無限大記念日2日目の、マッハ隼人(今のマッハ速人という人は全くの別人)との試合は、全くかみ合わない二つのスタイルが同居する不思議な試合でした。

今見返すと、単純なプロレスですが、佐山が半分くらい受けていないので、非常に中途半端な技が多発しています。こんなの見せられたら面白くないと思っちゃうよね。ただ、中途半端なので物凄く危険な技になっているのが、今見ると良く分かります。これは恐ろしくエグい試合でした。
でも、この試合の功労者は間違いなくマッハ隼人です。まだ関節技の勉強はしていないと思いますが、序盤で、自ら関節を取りに行くシーンもあったりします。
そして容赦ない佐山の蹴りがマッハの頭を襲う。あの、頭部への蹴りも危険な技でした。しかし、それの返礼が、トぺ・スイシーダ(リング上からリング下の選手に向かってダイビング頭突きを行う技)っていうのが、マッハさんの意地を感じました。どんだけ頭固く出来てるの?

最後はジャーマンスープレックスからタイガースープレックスで佐山の勝ちでしたが、負けたマッハさんの底力を感じる試合でもありました。会場では、その雰囲気が分からずヤジを飛ばしたり、技が綺麗に決まらないので、中だるみみたいな感じになっていましたね。正直、私も生で見ていたときはつまらない試合だと思いました。しかし、これが、第一次UWFの初期に良く見られた景色です。

今、見直しても、かなりショッパイ試合です。ただ、あの試合が起点になって、UWFスタイルが始まったと思うと、感慨深い試合でもあります。

今でもニコニコ動画で閲覧できますので、興味のあるかたは是非。

UWFは、その後佐山主導のシューティングスタイルを貫きはじめ、そこについていけないラッシャー木村、剛竜馬が離脱しますが、マッハ隼人は一人だけ残り、藤原や高田に関節技を教わり、UWF戦士として戦う道を選びます。

ルチャリブレしか出来ないレスラーが、30歳を過ぎて貪欲に関節技をマスターしようとしつつも、自分の矜持であるマスクは最後まで脱ぎませんでした。そして、限界を感じて引退。

引退試合はタッグマッチでした。タイガーとタッグを組んだマッハさんは、タイガーが相手をフルネルソンに捉えた胸元にドロップキックを決めます。既にロープに飛ばない、関節を決めるUWFスタイルが定着していた中での、佐山の粋な計らいだったと思います。

マッハ隼人は、実力としては大したことのないレスラーでしたが、その精神はUWFの中でもトップクラスの逸材でした。今でも第一次UWFで一番好きだったレスラーは?と聞かれたら、マッハ隼人を挙げます。

だいぶ話がズレました。本の話に戻りましょう。

佐山の作ったシューティングルールでは、関節技の応酬が膠着状態となってしまい、見ている観客には全然盛り上がらないものになってしまいます。そこで藤原が一計を案じました。プロレスの要素を交えていくと。ここに、プロレスでも格闘技でもない、UWFという新しいレスリングが生まれるのです。

あの当時、真剣勝負だと思っていたことが次々と暴露されていくところは、正直読むに堪えませんでした。俺らの感動は何だったの?しかし、冷静に分析されてしまうと、なるほどと思わざるを得ません。この本が、あと20年早く出ていたら大問題だったでしょう。今だから書けることなのだと思います。(注:この本以前にも語られている話なのかもしれませんが、プロレスとは無縁の20年を過ごしてきているので、この20年間に暴露されたことは全く知りません)

UWF存続のために暗躍したのが、当時週刊プロレス誌で、当時人気だった漫画家さんの絵によく似た絵のマンガを描いていた更科四郎という漫画家(あまりにも某氏の絵に似ていたので、本職の漫画家とは思わなかった)だったという事も、この本で改めて知る事になりました。

更科四郎が暗躍し、ターザン山本が誌面で煽ることで、UWFは解散の危機を回避したのです。ターザンが異常にUWFを推していたのには、当時から不可解な感じを持っていましたが、色々な裏があったようです。しかし、更科四郎って何者?

更科を筆頭に、前田の「兄貴分」の田中正悟、ターザン山本、骨法の堀辺、佐山のマネージャーだったショウジ・コンチャなど、レスラー以外の実に胡散臭い奴らが密集して、UWFという団体が出来上がったのです。

UWFに、ある種の幻想を抱いていた我々の夢を打ち砕いた本、という意味では確かに批判されるべき本かもしれません。ただ、今読んでみると、佐山に寄り過ぎている嫌いはあるものの、プロレスマニアがこぞって批判するような出来では無いと思いました。

プロレスには多面性があるので、ある一方から切り取ってみれば、こういう見かたも出来るだろうという本です。これに反論するのならば、そういう本を書けばよいだけの話です。

<つづく>


 
| 【本】 | 10:04 | comments(0)
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