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綺麗ではない「ヌード展」
横浜美術館で開催中の「ヌード NUDE ―英国テート・コレクション」を見に行く。

全編ヌードだらけで、絵画も彫刻もみんな素っ裸なのであった。
さぞ、エロい展示かと思ったらさにあらず、色々バラエティに富んだハダカが多くて、そういう意味では楽しめた。

展示は、まず最初にフレデリック・レイトンの「プシュケの水浴」が飾られており、これが素晴らしい。序盤は、いわゆる綺麗なヌードが並んでいる。が、「ヌード」と言っても女性だけではない。見たくもない男のハダカも結構並んでいるのであった。

以前紹介した、安田理央さんの「巨乳の誕生」を思い出しつつ、なるほど、絵画において「おっぱい」の重要度は低いのだなあと、再認識しながらの鑑賞。いずれの絵画も小ぶりな林檎くらいの大きさのおっぱいが並んでいるような絵が多く、現代人の好む?巨乳絵画のようなものは全く無い。

白眉は、やはりロダンの彫刻「接吻」で、これだけ単独展示、撮影可であった。



全方向から写真を撮ってみたので、興味のあるかたはこちらも御覧頂きたい。写真ブログのほうは、質感が欲しかったので、敢えてトーンを落としているが、実物は大理石なので、御覧の通り真っ白だ。写真の撮り方によって、随分印象が変わるものだと思う。

http://jumbow.blog51.fc2.com/blog-entry-223.html

これをメインにして、後半はガラッと印象が変わってくる。

今までは、美しい女性のヌードが主体で、一部男性ヌードもあったけれども、総じて「美的」なヌードであったが、キュビズムとシュルレアリスムの時代になり、ヌードだか何だか分からないような幾何学模様が並び、幻想的なヌード絵画が登場してくる。

大好きなポール・デルヴォーの作品は、彼には珍しく女体表現に気合が入っていて、いつもの古いマネキン人形のような「怖いヌード」ではなく、官能的な作品に仕上がっていた。まあ、骸骨もいるんだけどね。

「身体の政治性」と題されたコーナーは酷かった。男性ヌードがたくさん出てくるのであるが、これが全く美しくない。毛むくじゃらのオッサンのヌードの写真や絵など、何が面白いというのか。
陰毛や陰茎まで丁寧に描かれたオッサンの絵を見て、世の中変わったなあと思う。70年代なら展示も出来ないような作品だ。そういう絵や写真をじっくり鑑賞しているのは大抵女性で、男の人は殆ど素通りである。まあね、そんなの見ても男は全然面白くないよね。

現代作家の写真や絵画は、ことごとく弛んだ肉体とか、出産したばかりの妊婦とか、およそ「美的」ではないものを題材としていて、それは「ヌード」の持つ固定観念を覆そうという発想なのだろうが、逆に平凡なステレオタイプ的印象を受けてしまって、そういう絵や写真ばかりが並んでいると、かえって逆効果の印象を受けた。こういうのは「掃きだめに鶴の逆」で、綺麗なヌードの中に一点だけ醜怪なものが紛れているほうが効果的なのではないかと思う。

いつの時代になっても、見たいのは綺麗な女性の裸体の曲線なのであって、崩れた体とか、毛むくじゃらの男とか、金を払って見るようなものではないと思ってしまった。(毛むくじゃらの男子ヌードを見て、性的興奮を得る女性とか一部男性もいるかもしれないけれど)

思った以上にエロチックではない展示なので、ヌードという名前に拘らず鑑賞したほうが良いと思う。

鑑賞後、近くのトンカツ屋で夕食を食べて帰る。まあまあの味だったが油がちょっとクドい感じがした。



こういうモノで胸やけするようになるとは、年を感じてしまうねえ。


| 【絵画・芸術・演劇】 | 11:51 | comments(0)
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