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ボヘミアンラプソディ

随分遅くなってしまったが、漸く映画「ボヘミアンラプソディ」をDVDで鑑賞。

内容については幾つか疑問が残るものの、おおむねこの手の映画って、まあこんなものかなと思った。しかし、フレディは亡くなっているけど、あとの3人は健在だし、周囲の人物たちもまだ生きている人が多いだろうに、今、この映画を作る必要があったのかな?というのをちょっと考えてしまった。

伝記映画ならば、史実に正確に作る必要があり、証拠が残っていない部分についてのみ想像で補って作られるのが普通なのであるが、この映画は、そういう意味では伝記映画ではない。何故なら、史実とは違う脚本が随所に散りばめられているからだ。

それをとやかく言うつもりはないのだが、これを以ってクイーンの歴史だと思われてしまっては堪らない。私はヘヴィーなクイーンファンではなく、どちらかと言えばクイーンは苦手な部類なのだけれども、同時代を生きてきた人間として、やっぱりちゃんと書くべきところはちゃんと書いて欲しいなと思ってしまった。

深読みではあるけれども、そこが書けないというのは、世に出すには少し早すぎたからではないかなあ?と思う。存命人物がたくさんいて、真実を描くには色々障害があるとか、どうもそんな気がしてならない。

些末な事項については、映画だからこそドラマチックに脚色するのはアリだと思うけれども、私のようなあまりクイーンが好きではない人間でも、当時の音楽界の事情をそれなりに見てきた人間(多分、私の同世代なら殆どが同じ印象を持つだろうが)としては、納得できない脚本や演出が幾つかあり、そこが妙に鼻についてしまった。

特に後半の、ライブエイド出演のくだりには違和感がありまくりで、そうじゃねえだろうとツッコミを入れざるを得なかった。ここはね、バンドエイド不出演から、南アフリカでの演奏問題、リオでの大ブーイングから解散報道までの流れをきっちりと表現して欲しかったなあと思う。出演についても、ボブ・ゲルドフからの熱烈なオファーがあったことは、当時の音楽ニュースなどでも伝わってきている。もう、クイーンは解散寸前だったのだ。だからこそのライブエイドでの完全復活が感動的なのだ。

だが、この映画を見ると、バンドエイドっていうチャリティーコンサートが存在しなかったかのように思えてしまう。ライブエイドはバンドエイドの二番煎じだったのだ。そこが理解できていると随分印象が変わってしまうだろう。だから、映画的にはバンドエイドは無かったことにせざるを得なかったのだ。まあね、色々ありそうだよね。CBS引き抜き問題をちゃんと書いたのは評価するけれども、それ以外がグダグダなので、伝記映画としては全く評価出来ない。

この映画では、80年代になって、「ザ・ゲーム」のリリース以降、フレディは他の3人と袂を分かち、ソロアルバム作りに専念していたかのような印象を持ってしまう。実際にはそんな事はなく、アルバム「フラッシュゴードン」「ホットスペース」「ザ・ワークス」を作っていたし、ソロの話にしても、そもそも最初にソロアルバムを出したのはロジャーだし、ブライアンも日本の特撮人形劇「Xボンバー」のイメージアルバム、スターフリートプロジェクトなんかをやっていた。ジョンでさえ、スコット・ゴーハムらとつるんで別名義で音楽をやっていたくらいだ。

だからフレディがソロプロジェクトを始めたからと言って非難されるようなものではなく、むしろフレディが一番最後にソロ活動を始めている印象のほうが強い。そのあたりの脚色のしかたも意図的で、史実とはかなり異なる部分ではないかと思っている。

だからこれは、フレディ・マーキュリーという人の人生を参考にして描いたフィクションなのだ。彼の生き方の葛藤に合わせて、クイーンの曲の数々が印象的に挿入されている。彼の歌う歌詞が、皮肉にも今の彼の状況を表現していたりする。逆に言えば、歌詞のイメージに合わせて脚本のほうを変えたのではないかと思える節が多々あるのだ。そういう部分を楽しむ映画なのだね。

ライブエイド直線にエイズをカミングアウトしているというのも史実とは違うようだ。フレディのエイズ説は、90年前後にとても痩せてしまったあたりから流布されていたように思う。だから、他のメンバーも薄々気づいていたらしいが、その事実を本人から告知されたのは死の直前だったそうだ。でも、映画的にはライブエイド直前に告白されるほうが盛り上がるよね。そういう脚色があちこちに散りばめられている。伝記映画ではないのだから、それはそれでいい。でも、ちょっと考えてしまう。

ミュージカルではないけれども、史実をベースとしたミュージカルっぽい映画だと思ってみれば、この映画は文句なしの超娯楽大作だ。だから、ゲイの問題とか、バンドの成功、失敗劇などが実に軽く扱われている。映画の中に、そういう問題に関する「タメ」や「メリハリ」が妙に少ないのだ。

映画を見ている途中で、そのあたりに気が付いてモヤモヤしていたら、最後に一気に来た。ライブエイドでの演奏シーン。これ、ホンモノがYoutubeとかに上がっているので見比べて頂ければわかるが、再現度が半端ない。要は、このシーンを作りたいがために、この映画を作ったと言っても過言ではない。

そんなわけで、これは最後の20分間を楽しむための映画だと思う。それまでは全部前振りだ。そう思ったら、全部納得できた。まあ、そういう映画です。

ちなみに、僕らジャスト・クイーン世代の男子にとって、クイーンファンであることを公言するというのは、ゲイだとカミングアウトするくらいに勇気のいる行為であったと書いておこう。男なのにクイーンファンっていうのは、嘲笑の対象でしか無かった。それだけクイーンっていうのは日本では女子のものだったんだね。全部ミュージックライフの責任だけれども。

だから、ジャスト世代の私にとっては、クイーンは常にリアルタイムのコミックバンドであった。

「♪テヲ、トリアアテ、ソノマーマ、イコー」

どんどんちゃっ、どんどんちゃっ。

自転車(笑)

フラッシュゴードン(笑)

ってな感じである。どーもすいません。


 

| 【映画・テレビ】 | 12:34 | comments(5)
コメント
LGBTの権利が叫ばれている今だからこそ、企画が通ったのでしょうね。
最初は、もっとマイノリティー問題寄りの話だったのを、ブライアンとロジャーが音楽劇に寄せたと言います。
フレディの病気については、映画の公開後、ブライアンたちが、ライブエイドの前には知っていた、と証言しましたね。
衝撃の新事実でした。

> ジャスト世代の我々にとって、クイーンは常にリアルタイムのコミックバンドであった。

「我々」と、まとめないでください。
私の兄は。JUMBO。さんより年上かと思いますが、別にコミックバンドとして聞いてはいませんでした。
ボヘミアン・ラプソディあたりから知った、私の世代では、男にも普通に、かっこいいと思われていましたし。
たしかに、クイーンが好きだと公言すると、お姉さんたちと仲良くなれるメリットはありました。
もちろん、クイーンをバカにする洋楽ファンもいたのも事実ですが、ジャズの頃には「まだ、そんなこと言っているやつがいるの?」と頑迷なジジイ扱いでしたよ。
| 彗星丈二 | 2019/05/13 2:31 PM |
#彗星丈二さん

>ライブエイドの前には知っていた

あっ、そうでしたか。それは知りませんでした。
ただ、映画の公開後の発言となると、信憑性には疑問符がつきますねえ。


>「我々」と、まとめないでください。

すいません。一人称にしました。
ただ、私の周囲では、フレディのファッションやパフォーマンスも含めて「おかしなバンド」というイメージが強かったのは事実です。
コミックバンドは言い過ぎかもしれませんが、バイシクルレースの衝撃は結構なものがありました。

クイーン好きと言って女子と仲良くなれることは無かったですね。むしろ女子から変な目で見られるという感じ。私たちのテリトリーに入ってくんなオーラが凄かったです。ベイシティローラーズに繋がる反発でしたね。

でも、その辺も全部ひっくるめて、チープトリックとジャパンに持っていかれました。チープトリックやジャパンは好きと言っても女子に煙たがられることは無かったです。クイーンは男子NGでジャパンは男子OKというのが不思議でした。

決して馬鹿にはしていませんが、趣味が合わないので、そんなに真剣には聴いていなかったという感じです。

今回、LIVE AIDの映像を見て、Hammer To Fallがストレートなロックンロールでカッコいいじゃんとか思ったほどです。

| 雀坊。 | 2019/05/13 4:50 PM |
いずれにせよ、見解の差は埋まりませんね。
記憶に固着していることですから、埋まることはないでしょう(笑)
クイーン・ファンの男子を奇異な目で見る女子もいませんでしたし、チープトリック、ジャパンに対する感覚も少し違います。
自分と同世代だと、生まれ育った地域が大きく違っても、話があうので、数年の年齢差が子供の頃は大きいということでしょうか。
(私の兄の話が外でどうしていたのかはわからないので、例として外します)

ま、こういう場ですので、〇〇年生まれですが、とか細かいところまで言って検証するつもりはありません。

そういえば、ビートルズの来日公演の頃の話を某作家が書いた時も、「当時の若者の受け止め方が全然違う」「いや、こんなもんだった」と論争が起こりました。結局、少年の頃は、半径数十メートル以内で起こっていることが、世界のすべて、と思い込んでしまうのかもしれません。
| 彗星丈二 | 2019/05/13 5:58 PM |
#彗星丈二さん

見解の差を埋める必要は無いでしょう。

当時は私にとっての音楽の世界は、周囲の数人とバンド仲間と雑誌とラジオくらいでしたから、その他の地域の人々と差があるのは当然と思いますし、それを無理に迎合させる必要もないのでは?と思います。

むしろ、最近の同調圧力的に、これを悪いというヤツはみんな馬鹿みたいな流れと、それを否定する意見を抹殺しようとする画一的な考え方にはどうも馴染めません。

好きな人もいれば嫌いな人もいる、感心の無い人もいる。それでよいのではないかと思います。

私にとってのクイーンと、彗星さんにとってのクイーンは当然別物ですし、そこを敢えて話を合わせる必要もないと思います。


| 雀坊。 | 2019/05/13 9:13 PM |
ええ。
「人それぞれ」という意味で書きました。
「見解の差は埋まらない」が、結論です。
| 彗星丈二 | 2019/05/13 10:54 PM |
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